位相ひずみは聞き取れるか

音の位相ひずみについて考えるには、まず音の波長がどの程度なのか、知る必要がある。音速Cは、常温でほぼ340m/sである。従って音の1波長は、周波数をf(Hz)とすると、

λ=C/f(m)

となる。この式を使って、周波数毎に波長がどの程度の長さになるか、計算してみよう。

10Hz =340/10 =34m
100Hz=340/100 =3.4m
1kHz =340/1000 =34cm
10kHz=340/10000=34mm

10kHzの1波長はわずか34mmしかない。つまり34mmで360度、位相がズレる。従って、耳の位置が17mm動けば180度(逆相)となり、4mm動くだけでも45度になる。正弦波をイメージしてみると、これは十分問題になるように思える数字である。

そもそも10kHzなどという周波数は、ネットワーク、ボイスコイルに含まれるL成分や、振動板の幾何学的形状などにより、スピーカから出た瞬間から、大きなズレを生じている。これを「スピーカの特性」として考えたとしても、一般のリスニングルームでは部屋の反射や定在波の影響で、耳に届くまでに無茶苦茶にズレまくるのが現実である。

位相がズレた波形が重なると、相殺されたり音圧レベルが上昇したりする為、周波数特性に山谷が出来る。残響の多い室内ではスピーカの位置や角度が僅かにズレるだけで音色が変わり、同様に視聴位置も数ミリずれるだけで聴感上の音色や定位が大きく変化する※といった現象が起こる。

※:高域の特性が不安定な一般家庭で高音楽器の定位が曖昧にならないのは、その楽器に含まれる低い周波数成分によって、定位が決定づけられる為である。部屋の残響が少ないと、高域まで位相が揃うようになり、音像がよりシャープになる。

一般家庭で音のテストをする場合、1kHz以上の位相ひずみに関して、その影響を無くすことは、きわめて困難である。これをきちんとやろうと思ったら、無響室の中で、頭と体の姿勢を完全に固定しなければならない(人物も音を反射し、音響特性に影響を与える為、無響服?が必要になるかもしれない)。

ケーブルを使って振幅の減衰が100kHzあたりで起こるような場合、10kHzあたりから位相遅れが発生する場合があり、これは可聴域の話になる。しかし、この違いを知覚することは、きわめて難しい。10kHzで起こるわずかな位相の変化など、他の要因の中に埋もれてしまい、人間が知覚することは、まず無理である。

無響室が用意できない一般ユーザーが家庭で微妙な比較視聴をする場合は、少なくとも頭の位置や姿勢、友人が居る場合はその位置や姿勢、部屋に存在する物の配置等は、すべて固定しなくてはならない。この要求は無響室を使うよりもシビアであり、少しでも動いてしまうと、スピーカからの伝達関数に変化が起こり、音色が微妙に違って聞こるかもしれない。自分はできるだけ吸音効果の高い服を着て、姿勢と頭の固定治具を使って体を固定し、友人はチェンジの作業をしたら、部屋から退出してもらったほうがよい。

ここまで対策しても、まだ問題がある。耳や頭の形、体格が、個人によって異なるのだ。だから、部屋に入る人によって室内の音響特性が変わってしまうし、頭や耳の形の違いにより、鼓膜に届く音は他人が聞いているものと同じになることはない。

このように考えると位相歪まで正確に評価できる実験環境を整えることはきわめて困難で、現実的でないことがわかる。ブラインドテストによって先入観を廃しても、課題が残り有意な実験をすること自体ほとんど不可能に近い。

結局、人間が音の変化を明確に知覚できるのは、周波数特性、過渡応答、歪み率、S/Nのどれかに大きな変動があった場合に限定される。この変化を人間の脳が様々に解釈し、「静けさがどうの」「スピード感がこうの」といった、様々なオーディオ用語を使って表現されているのが実際である。それ以外のほとんどのケースでは、明らかな差があったような主張をする人も、実際は「何となくそんな気がする」程度の知覚しか出来ていないというのが本当のところだろう。

 

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