Windows8の失敗とOSのあり方

久々に実家に帰ってパソコンを立ち上げたら見慣れない画面が表示された。最初、出来の悪いランチャーがインストールされているのかと思った。デスクトップが携帯端末にダウングレードしたようにも感じた。そのUIがWindows8の起動画面だとあとから知って驚いた。

ネット上を検索すると、早くも多くのレビュアーによってダメ出しされているのが目に付く。デスクトップマシンのUIは見てくれが重要で、顧客に「買ってよかった」「進歩したね」と感じさせるものでなければならないはずだ。MSにアップルのような革新的なUIを作る力が無いとしても、これではニンテンドーDSにも負けているのではないか。

本来、このようなUIは「オマケ」扱いにして、関心を持った人がメニューの深いところにアクセスして「アクティブ」にするものだ。Win9,10と世代を重ねるごとに改良を進めて行き、周辺機器の普及とタイミングをあわせて「表」の顔にすべきではないだろうか。

 

Windowsという商品は、ぱっと見「変わったように見えない」形で進化させていくのが正しくないだろうか。底辺のところでは着実に品質向上が進められ、さりげなく新機能が搭載されている。ユーザーが新しい周辺機器を買えばそれが使えるようになって、より便利になり顧客の利益に繋がる。裏方を支える大黒柱としては、そんな姿であるべきだ。

こういう世界的に普及している商品は、もはやメーカの主導で仕様を大きく変えるのは難しい。Windowsは過去、Meでコケて、XPで挽回し、Vistaでコケて、7で挽回してきた。8でコケたら、9を出すのか。とにかくバージョンアップのたびに無用な波風を立てて、墓穴を掘っては埋めるようなことを繰り返している。

 

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