オーディオ機器には組み合わせがあるという。これが試行錯誤と無駄な出費を重ねる原因の一つになっているようだ。組み合わせで音が変わることは理屈で説明できる。これをご紹介したい。
機器をケーブルで繋ぐと何が起こるか
下の図は、2つのオーディオ機器をケーブル(ピンケーブル)で接続したときの一般的な回路図。CDプレーヤとアンプを繋いだときや、プリアンプとパワーアンプを繋いだときに相当する。
機器の入出力には抵抗やコンデンサがある。ケーブルがないとき(単独の時)、これらの素子は次の働きをする。
R2は出力インピーダンスを、R4は入力インピーダンスを決定づける。
R3,C2でローパスフィルターを構成する(ノイズカット)。
C3がカップリングコンデンサになる(直流カット)。
C1とR1でハイパスフィルターを構成する(直流カット)。
これらの回路定数は、各メーカの設計ポリシーによって決定されている。
2つの機器を図のようにケーブルで繋ぐと、次の変化が起こる。
1.R2によって、ケーブルに乗るノイズの大きさが決まる
R2は出力インピーダンスを高くするので、R2以降の伝送経路が外来ノイズに弱くなる。ピンケーブルがシールド構造になっているのはそのため。
また、R2とケーブルの静電容量によってローパスフィルターが構成される。つまり、R2が実際のノイズ(S/N比)に影響する。
2.R2によって、高域が制限される
R3,C2で構成されるローパスフィルターのカットオフは、通常可聴域(20kHz)より高く設計される。ところが、ケーブルを繋ぐとR3と直列にR2が入るため、このカットオフ周波数が下降する。
3.R4によって、低域が制限される
C1,R1で構成されるハイパスフィルターのカットオフは、通常可聴域(20Hz)より十分低く設計される。ところが、ケーブルを繋ぐとR4が並列に入るため、このカットオフ周波数が上昇する。
<参考:R,C各素子の実例>
図1の影響を定量的に評価するには各素子の定数が必要だ。ソニーの高級MDプレイヤ(MDS-JA3ES)をバラしたところ、次のようであった。高級機の一例として参考にして欲しい。
R1:100KΩ、R2:910Ω、R3:470Ω、R4:100KΩ、C1:100uF(電解)、C2:100pF(セラミック)、C3:100uF(電解)
ローパスフィルター、ハイパスフィルターのカットオフ周波数f(Hz)は、次式で計算できる。
f = 1/(2*π*R*C) (1)
ここで、C:静電容量(F)、R:抵抗(オーム)。f ではゲインが-3dB、位相歪みが45度となるからf が可聴域を超えていても可聴域に影響する可能性がある。f が可聴域から10倍離れていれば、ほぼ影響ないと判断できる。
以上の結果から、次のことがわかる。
組み合わせで伝送特性が変わる理由
上記2,3で示したように、ケーブルで繋ぐとお互いが持つ素子が相互に影響しあってハイパスフィルターやローパスフィルターのカットオフが変化する。これが、機器の組合わせによって音が変わったり、相性問題が起こる理由。
変わるといっても、適切に設計された機器同士の組み合わせでは可聴域外の話になる。組み合わせ問題は、得体のしれない海外製品を繋いだ場合に起こる。
海外製品の中には入力インピーダンスが数キロオームという小さなものがあるという。これだと可聴域にまで影響する可能性がある。
出力インピーダンスが音のクオリティに影響
出力インピーダンスはR2で決まる。上記1,2で示したように、R2はS/N比と高域の伸びに影響する。これは音のクオリティを左右する要因である。
R2は小さいほど、ノイズや繋ぐ相手の影響が小さくなる。しかし小さすぎると誤ってショートさせたとき過電流で壊れてしまう可能性があるから、この対策でコストアップになる。
高級機では音質を重視してR2を低く設計し、ローコストな機器ではR2を大きく設計していると考えられる。実際に出力インピーダンスを測ってみると、高級機ほどR2が低い傾向だった[1]。
高級機でローエンドの延びが違うのはなぜか
高級機はカップリングコンデンサC1に十分容量の大きいものを使い、ハイパスフィルターのカットオフを十分低く設計している。ケーブルを繋ぐことでカットオフが多少上昇しても、低域再生に関して問題が生じない。
高級機は重く見た目に貫録がある。大きく重い筐体や太いケーブルを見るといかにも低音が出そうな印象を受けるが、オーディオ信号の実体は電気であり、重量やケーブルの太さは低音再生とは無関係。惑わされないよう注意したい。
ケーブルの導体純度は音質と無関係
信号ケーブルで音のクオリティに影響する要因は、耐ノイズ性能(シールド構造)くらいしか思い当たらない。ピンケーブルの抵抗はR2に対し桁違いに小さいことから、導線の純度や結晶粒界が音質に影響することは考えられない。
高級機ほど安いケーブルで十分
5で書いたように、R2が小さければケーブルの影響を受けない。高級機ほどR2が低い[1]ので、安く細いケーブルで十分になる。
ケーブルの音をテストする場合も、高級機ほどケーブルの差が出にくいのでテストに適さない。「ケーブルへの投資は、機器の10%」という目安には根拠がない。
バッファを入れることで音質が改善する
上図のように、機器をケーブルで繋ぐとお互いが持つ素子が相互に影響しあうが、その影響を無くす方法がある。入力機器と出力機器の中間に、利得1のバッファアンプを入れること。プレーヤーとパワーアンプの間に入れるプリアンプも一種のバッファアンプである。
バッファアンプを入れるというと、「余計なものを挟むと純度が落ちる」「シンプル&ストレートが理想では?」と思うかもしれないが、そうではない。
バッファアンプを入れると機器相互の影響が無くなり、R2を十分小さくできて理想的な信号伝送が実現出来る※。
特に、機器が粗悪にできていて、接続する相手によって相性問題が起こったり、音が変わるのが耳でわかるような場合に大きな効果が期待できる。
(2019/3/16追記) バッファアンプと似たような働きをするものに「ライントランス」がある。バッファアンプのように十分インピーダンスを下げることはできないが、これを入れると機器相互の影響が無くなる。R2を現状より小さくできるのであれば有効な手段といえる。
パッシブアッテネーターは百害あって一利なし
CDプレーヤが登場した当初、「パッシブアッテネータ」と称する商品が出回ったことがある。
「CDプレーヤーの出力は大きいので、パワーアンプと直結できる。プリアンプを省略してより良い結果が得られるのではないか」
という考えから生まれたもの。これはバッファアンプとは正反対の効果をもたらす。パッシブアッテネータの原理はR2を増やすこと。この機器を挟むとR2が極端に大きくなってしまい、まともな信号伝送ができない。
理想的なバランス接続(2019/2/26)
上の図はピンコードを想定したシングルエンドだが、バランス接続ではカップリングに必要なコンデンサー(C1,C3など)が入らない形にできる。しかもケーブルから混入するノイズは相殺されて消える。C1が無いからローエンドの伸びも制限されない。
微小なアナログ信号の伝送に理想的で、プロ機器で使われている。但し、1メートルに満たない距離ではピンコードと大して変わらない。
デジタル伝送でも組み合わせ問題が起こる(2019/2/26)
デジタル信号は理屈上、完璧な伝送ができそうに見えるが、「ジッター」という劣化要因がある。これは信号の伝送周期が完璧ではなく揺らぐことをいう。これによって再生される波形に歪みを生じる。ジッターは可聴域を含むすべての帯域で問題になる。
優れた設計のアンプでは、入力されるデジタル信号を正確なクロックで整列してから処理する、いわゆる「ジッター対策」がされている[2]。デジタル入力のある機器では、このジッター対策に注目することが重要だ。
デジタルでは理屈上、ケーブルの材質で音は変わらない。長い距離伸ばしてもノイズが乗らない。ここはデジタルならではメリットといえる。
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