新築を機にリスニングルーム(オーディオ&シアタールーム)を持ちたいと思っても、建設に伴う高額な出費と奥様の反対で実現しないことが多い。しかし諦めるのは早い。一つのことを妥協できれば、これらの問題を解消して夢の空間を実現できる。
子供部屋と兼用する
冒頭で書いた「一つの妥協点」とは子供部屋と兼用すること。
子供部屋は必要なものだが、長いライフステージの中で実際にそれを使う期間は短い。子供が小さいうちは使わないし、就職、結婚等で出て行けば空き部屋になる。人数分の子供部屋を作っても、空き部屋になる期間が長い。
例えば、子供が2人の場合を考えてみる。子供が小さいうちは空き部屋になるので、1部屋のオーディオ&シアタールームとして旦那が使う。子供が進学して部屋が欲しいと言われたら、2部屋に間仕切って子供に提供する。
こうすることで部屋が無駄にならず、リスニング専用に十分なスペース(2部屋分)の空間を作ることが出来る。
子供部屋1つに6畳とると最低12畳確保できる。14畳として短辺で3.6mとれるとベスト(1次定在波が50Hz以下になる。一般的な音楽ソースは50Hz以下をあまり含まないので、定在波の増幅を少なくできる)。
欠点は、子供たちが部屋を使う期間、旦那が使えないこと(6年くらい)。その間は別の部屋にサブシステムでも作って我慢するしかない。
残響時間と定在波抑制の両立
リスニングルームで最大の課題が「残響時間」と「定在波抑制」の両立。両者はトレードオフの関係になっている。定在波を嫌って吸音材を大量に入れると、無響室のような味気ない空間になってしまう。
この課題は、リスニングルームの設計によくみられる、壁面や天井を屏風型に形成して平行な面を無くすことで解決する。しかしこれをやると設計費や建設費が高くつく。誰に頼んでいいのかもわからない。大抵はここで諦めてしまう。
子供部屋を「間仕切り」する前提で作るリスニングルームでは、間仕切りするための「壁」がある。これを反射壁に利用し、勾配天井と組み合わせる。
こうすると、これまで実現困難だった「残響時間」と「定在波抑制」の両立が、特別な造作なしで実現可能になる。
構造設計
図は我が家の実例。短辺を3.6m確保したので、1部屋で使うとき14畳になる。
この構造のポイントは次の通り。
「可動」間仕切り壁を反射板に利用する
2部屋に仕切って使う時は、分割取外しできる可動間仕切(フリーウォールなど)を中央に設置する。ドアを2つ設置しそれぞれの部屋に出入りできるようにする。
1部屋で使うときは、フリーウォールを壁に寄せて固定し反射壁とする。このときドアの1枚をフリーウォールで塞げば遮音性能を高められる。
フリーウォールを固定するために水平リブ(出張長さ250~300)と三角リブを設置する。
天井を「勾配天井」にする。
最も大きな平行面となる床との平行面を無くす。中央で2.7m、最大で3mとれればベスト。
勾配天井とフリーウォールの傾斜配置で問題となる平行な反射面がなくなる。前後の壁だけ平行になるが、距離が遠いうえカーテンなどで吸音されて定在波は成長しにくい。
部屋の4隅で低音を吸収する
部屋の4隅を床から天井まで穴あき吸音ボードにして低周波の吸音が働くようにする。もしくは、突っ張り棒をコーナーに2本設置して隙間から吸音材を差し込む[1]。
4隅に作るのは、そこがほとんどの定在波の「腹」になるため[1]。穴あきボードは一種のヘルムホルツ共鳴器として機能するほか、壁内の断熱材(グラスウール)では対策困難な「こもり音」の対策に有効だ。
遮音に特別な資材を使わない
専用の防音資材を床や壁などの広い面積に使うとやたらお金がかかる。そこで、断熱用のグラスウールや石膏ボードなどの安価な一般資材を最大限活用すると共に、間取りの工夫で音の問題に対処した。
ドア
普通のリビングドアの中から遮音性能の高い防音ドア(ダイケンリビングドアnew RIIIシリーズ)を選んだ。
ドアは子供も使うので気密性の高いロック式は適さない。このドアは閉めると底にバーが出て隙間を塞ぐ仕組みになっているだけで、他は普通のドアと変わらない。
壁
室内側だけ石膏ボード2枚重ね貼り。周囲の壁内はグラスウール(断熱用)充てんとした。
壁の中は通常空洞。片側の壁の厚みを2倍にしてここに断熱材を入れるだけで理想的な二重壁構造が完成し、十分な遮音が得られる。
床
リスニングルームは2階なので1階への音漏れが問題になる。そこで床下の空洞部にグラスウール(断熱用)を充てんすると共に、スピーカーの直下には浴室、洗面所、台所など、元々騒音が問題にならない空間を配置した。
窓
普通の複層ガラスを最小面積で使用した。
下は透過損失のグラフだが、ガラスの厚みを増やしても中間の空気層が薄いのであまり変わらない。面積の方が重要で、小さな細長い形状のものを最小の面積で使用した。
音響設計
残響時間の目標
リスニングルームに適した残響時間には諸説ある。加銅は中音域(500Hz~1000Hz)について、12畳で0.50Sec、20畳で0.55Secを奨励している[2]が、これも音楽のジャンルや好みで変わる。
また、低周波のこもりを防ぐため500Hz以下を-0.05Sec/octで減衰させ、500Hz以上はフラットとすべし、とする指針もある(最新 オーディオ技術 P290)。
残響時間の計算
残響時間T(sec)は下記に示すアイリングの式[3]で計算できる。
T=K・V/(-S・Ln(1-α)) (1)
V:室容積(m3)、S:室内表面積(m2)、α:平均吸音率、K= 55.26/音速=0.162 (20℃)
平均吸音率αは、オクターブバンド別に吸音力の合計を求めてSで割ることで求められる。吸音力は、使用する吸音材の吸音率×施工面積で求められる。
残響時間の設計では、吸音材の種類や施工面積を調整して式1の結果を目標残響時間に近づける。
計算例
下記のグラフは、上で紹介した構造図に対して検討した結果。残響時間は、500Hz以上で0.55Sec、500Hz以下で-0.05Sec/octの目標値にだいたい一致している。
この特性を実現するために使用した材料は次の通り。
穴あき石膏ボード(タイガートーン φ6、ピッチ22 ) 36m2
ダイケンTA2711 天井面8.5m2
ダイケンTA2713 天井面7m2
竣工
以下は完成写真(2008年7月)。
低周波の定在波を防止するため部屋の4隅に12mmの穴あき石膏ボードを設置。天井の全周隅部に中~高周波の吸音ボードを施工。フリーウォールを固定するためのリブの様子もよくわかる。奥に見えるスピーカはJBL S3100。
部屋の4隅に施工した低周波の吸音機構(穴あき石膏ボード、壁内は吸音材)。
ヘルムホルツ共鳴の原理で残響を犠牲にせずに低周波の定在波を効果的に抑制する。
下地に1枚石膏ボードを貼って、隅から吸音部材を設置。
隅から、中~高周波用の吸音材(TA2713)、高周波用吸音材(TA2711,ブロック形)、残りが反射壁(石膏ボード2枚重ね+クロス貼り)となっている。
サラウンド用の埋込スピーカーターミナル(オーディオラック裏)。ここから側面2カ所、背面2カ所のターミナルに繋がっていて7.1chまで対応できる。
配線材はごく普通の2スケアビニール平行ケーブルを使用。
測定
遮音性能
簡易防音ドア(ダイケンリビングドアnew RIIIシリーズ)の防音性能は、実測-25dB~-26dB(カタログスペックは-34dB)。
スペックに満たない原因は、ドアの縁に出来る僅かな隙間からの音漏れ。時間が経つと造作物の歪みなどでどうして隙間が出来る。DIYで柔らかい発泡ゴムのテープ(隙間テープ)などを貼って改善できる。
屋外への音漏れのメインは、意外なことに24時間換気のために設置した吸気口だった。屋外の部屋のすぐ外で音漏れがわかるが、音源面積が小さいので距離が離れると十分減衰するので、外に対しては問題ない。
残響時間
手を叩いたときの音をレコーダで録り、パソコンでデータ処理。
残響時間は0.55secを目標に設計したが、結果は0.43Secとやや不足。原因は、カーテンや紙クロス(壁紙)の吸音を見込んでいなかった為とみている。
スピーカー(JBL S3100)の出力音圧特性(2012/10)
S3100のツイータ軸上0.5m,リスニングポイントのf特。
フラットで定在波や音の干渉が原因とみられるピーク、ディップがほとんど見られない。
再生周波数帯域は十分で、サブウーファ、スーパーツイータなどの追加は必要なさそう。
(MIC:AUDIX TM1 , Souce:Chirp , WaveSpectra Ver1.51 Peak Hold)
施工コスト
材料費
合計30万円くらい。
一番高額だったのは間仕切りするためのフリーウォール(23万円)。穴あき石膏ボードや天井吸音のための追加資材が約5万円。他はスピーカーターミナルなどだけで済んだ。防音ドアの価格は一般ドアとあまりかわらない。
フリーウォールは日本住宅パネル工業共同組合の製品[4]。六角レンチで突っ張り固定する仕組のもの。23万円が高いか安いかは、元々そこに固定の壁を作る計画と比較する必要がある。
施工費
ほぼゼロ。
建築側から見ると、リブなどの造作が増えているが、石膏ボードが2重になって多少貼り分けが追加されたくらいにしかみえない。打ち合わせの結果、難しい部分はないということで、新築の建築費の中で吸収してもらえた。
音の評価
メインスピーカーはJBL S3100。この部屋ができる前、S3100は6畳の洋間で鳴らしていたが、とても同じスピーカーとは思えない鳴り方をする。
低域再生能力も十分。アジエンス(シャンプーのCM曲)の後半部に20Hz成分を含む地鳴りのような低周波が収録されているが、これがすごい迫力で押し寄せる。
オーディオはスピーカで決まるといわれる。今回リスニングルームを作ってみて、スピーカーの能力を引き出すのは部屋であることを再認識した。
同じスピーカーも、鳴らす部屋によって全く違う音になってしまう。特に低音に関する音の不満は、ほとんどの場合、部屋に問題があることが多そうだ。
2018年8月 今は我慢の時期・・・
我が家には子供が2人いる。中学に上がるタイミングでフリーウォールで壁を作り、2人に提供した。この壁は隣が見えないだけのもの。遮音性はほとんどない。
自分は別の部屋にあるPCモニターの両脇に小型SPを置いてサブシステムを構築。AVアンプを使ってサブウーファーとクロスしたシステムから出る音は、なかなかのもの[5]。
これもピュアオーディオの一つの答えかもしれない。
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4.日本住宅パネル工業共同組合 フリーウォールの製造元です
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<参考文献>
2.リスニングルームの設計と製作例 加銅鉄平著 この分野の設計バイブル。計画のとき参考にした本です。
3.前川純一著 建築・環境音響学