大排気量、大パワーのクルマをフンパツして買った人が「コンパクトカーの方が加速が良かったのではないか?」と思うことがある。クルマの実際の加速感(パワーフィール)は、馬力やトルクのカタログの数字と必ずしも一致しない。しかし多くの人がこの数字に過剰な期待を抱いてしまう。
クルマのパワーフィールを計算で求める
クルマのパワーフィールは、馬力やトルクから生み出される「駆動力」から「走行抵抗」を差し引いた残りで決まる。そこで今回は、走行抵抗を計算で求め、出来る限り正確にパワーフィールを推定してみた。
平地の走行抵抗
平地の走行抵抗 R(N)は、次式になる。
R=転がり抵抗+加速抵抗+空気抵抗 (1)
転がり抵抗(N)=9.8μ・m (2)
加速抵抗(N) =a(m + mr) (3)
空気抵抗(N) =Cd・S・ρ・v2/2 (4)
μ:転がり抵抗係数、a:走行加速度(m/s2)、m:車重(kg)、mr:回転部分の等価換算重量(kg)、Cd:抗力係数(スポーツカーでは0.25~0.30)、S:車両前面の垂直投影面積 (m2)、ρ:空気密度(1.2kg/m3 at 20℃)。
v:走行速度 (m/s)μ は、アスファルト路面を想定しやや大きめの値0.015を設定。m は空荷質量に乗員質量60kgを加算。mr は駆動方式やトランスミッションによって変わる追加分。2WDでは空荷質量の3%、4WDは4%とした。
クルマの駆動力
クルマの駆動力F(N)は次式で示される。
F=Te・i・η/rd (5)
Te:エンジントルク(Nm)、i:総減速比、η:動力伝達効率、rd:タイヤ有効半径(m)。η はMTの場合0.9(ATでは0.8)、rdは無負荷時のタイヤ半径で代表した。
減速比 i は2速の値を用いた。CVTなど無段変速機の場合は最高減速比~最低減速比までのレンジを0~100%でリニア化し50%のギア比(2速近辺)を計算で求めて使用した。
加速時の力の釣り合いはF=Rだから、(1),(5)式より
Te・i・η/rd =9.8μ・m + a(m + mr) (6)
となる。空気抵抗は低速域を議論する関係から省略した。 (6)式を a について書くと次式が得られる。
a = (Te・i・η/rd – 9.8μ・m) / (m + mr) (7)
これがクルマの最大加速度を求める式で、この値が大きいほど体感的に大きなGが得られる。ここまでは教科書にも載っていると思う。
遅れ要素の導入
ところが、これを使って計算しても実際のパワーフィールと一致しない。これは、エンジンがトルクを出してから車体の加速度に反映するまでに「遅れ」がある為。
この遅れは、クルマが剛体でない(タイヤやシャフトにねじりばね要素がある)ことで生じる。この遅れによって加速度が人体に直接伝わらず鈍ってしまう(パワーフィールが低下する)。
そこで、7式を遅れを加えた形にする。
a’ = (S(t)・Te・i・η/rd – 9.8μ・m) / (m + mr) (7′)
ここで、
S(t)=1-exp(-t/T) (8)
S(t)が遅れを表し、T:時定数、t:経過時間(Sec)。 T で応答を定義でき、次のように表す。
T=Tm +Ta+Tb(n) (9)
Tm,Ta,Tbはそれぞれ、質量、AT、ターボに関する遅れを示す。これらを次のように仮定した。
Tm=Cv・m / 104 (10)
Ta=0.2
Tb(n)=Ct(1 – n /104)+Cp(1 – Ps/10) (11)
MT,CVTの場合はTa=0、NAの場合はTb(n)=0。(10)式のCv:エンジン排気量(L)、m:車重(kg)で、動的質量による遅れの影響はエンジン排気量と車重の積に比例するとした。(11)式はエンジン回転数n(r/min)の関数。Ct はターボラグ係数で、トルク曲線の山が高回転よりのものほどラグが大きい傾向がある。Ctは0.5を標準とし 、25GT=0.45、ランサーEVO=0.6、R34GT-R,STi,S204=0.7とした。Psはエンジン圧縮比であり、圧縮比が低いと低速トルクが細る現象を模擬するために導入した。Cpはその影響を決める係数で1.5とした。
(このエクセル計算ワークシートを後述のリンクから入手できます)
上記条件によるStの応答を次に示す。実態にわりと近い応答を表しているのではないだろうか。
パワーフィールの計算結果
Stを使って(遅れを考慮して)クルマを発進してから時間経過ごとに加速度(=パワーフィール)を計算した結果を次に示す。
グラフで、NAは細線、ターボエンジンは太線で示している。実際は時間とともに回転数も変化するが、これは、ある経過時間において発揮できる各回転数の最大加速度を表していると考えてもらえばいい。
時系列的にグラフを見ていくと、ロードスターやS2000など軽いクルマは応答が鋭いこと、フーガやBMWなど重量級セダンは加速度の立ち上がりが緩やかなこと、ターボよりNAの方が出足が良いことなど、実体験に合った傾向が模擬できている。
以下、これらのグラフをもとにして考察する。
考察
重量級のハイパワー車は加速感が無い
重くて排気量の大きなクルマは、「加速は良い(スピードは出やすい)が、加速感がない」。アクセルを踏み込むと加速Gをあまり感じないまま速度がぐんぐん上がり、すぐに相当なスピードになってしまう。Gを体感しようとアクセスを踏み込めば、「速度があがりすぎて怖い」結果になる。
軽くて排気量の小さなクルマは強い加速Gを体感できる。ところが、3秒後の結果をみてもわかるように速度は大してあがらない。つまり、軽くて排気量の小さなクルマは、「加速感はとても鋭いが、スピードメータを見ると速度は意外に低い」。
このタイプのクルマは加速感が鋭く、クルマを意のままに操れる軽快感があり、体感的に高い満足度が得られる。
グラフ5はクルマを発進させてからずっとアクセルを踏み続けた場合の加速度の変化を示した模式図。
ライトウェイトスポーツは応答に優れるがスピードが乗ってくると空気抵抗にパワーを喰われて加速が鈍る。このカテゴリでATを選ぶとせっかくの応答を損う。
「加速が良い」という意味には、「応答がよい」、「加速Gが強い」、「速度が出やすい」の3つの解釈がある。これらはお互い相反し両立しない。自分がどれを求めたいか、良く考えて車種を選ぶ事が大切だ。
高速道路では、絶対的な駆動力がものをいう
空気抵抗は車速の二乗で効いてくるため、高速道路では、車重による加速抵抗よりも空気抵抗で支配される。クルマはこの空気抵抗を差し引いた残りの駆動力で加速することになるから、元々排気量の小さいクルマは苦しい。高速域における加速は、絶対的な排気量(駆動力)で決まる。
スカイラインGT-R、BMW、フーガはなぜ重鈍なのか
これらのクルマに乗ると重鈍に感じる原因は重すぎる車重にある。重量は「応答」「動力性能」の両方に効くため、往復ビンタでマイナスに作用する。
フーガは300馬力オーバだが、出足が遅いだけでなく3秒後の結果(理論最大値)を見ても実質的な加速感は2.5LのNA(R34 GT-V)相当しかないと考えられる。
同じ3LのBMWとB4の違いが興味深い。B4 3.0RはBMW 330iに対して80kgも軽く、しかもMTであることが動力性能の差に大きく表れている。B4もATを選ぶともう少し差は縮まる。
ターボ系ではGT-Rの出足がもっとも遅く、実際のドライブフィールは重鈍であると推察される。これを改善するには軽量化するしかなく、エンジン、マフラーなどをチューンしてピークパワーをアップしても無駄なことがわかる。
ゼロヨンタイムに加速感は比例しない
フーガ450GTとインプレッサSTiのゼロヨンタイムは共に13秒というデータがある(クルマ雑誌で見ました)。ゼロヨンタイムが同程度なら、加速感も同じだろうと考えるのは間違い。なぜなら、ゼロヨンタイムは結果であって、加速度一定とは限らないからだ。
インプレッサは中速域で強烈な加速をするが、ベースが2Lしかないので速度が上がると空気抵抗に負けて加速が鈍る。フーガは出足が遅く加速感もないが、速度がどこまでもリニアに上がり続ける。
このゼロヨンの結果は、中盤はインプレッサが速いが、後半フーガが猛烈な速度で追いつき、同程度のタイムになっているのが実態ではないだろうか。
いずれにしても、ゼロヨンの計測では通常あり得ないスタート方法で計測されることが多いので、出足のネガティブな部分が計測に表れない。普通のクラッチミートでスタートするような方法で計れば、クルマ雑誌とは異なる結果になることが予測される。
結論
結局、低速域の加速感(パワーフィール)は、「車重」で決まる。公道において満足いく加速感を得るためには、第一に車重が軽くなければならない。また、カタログを飾る馬力の違いを比較するためには、車重が同じでなければならない。
排気量が3Lを超えるとクルマはどうしても重くなり、馬力のわりに加速感がない。この手のクルマに付随する高い税金、保険料の対価は、「贅沢」に対するもの。加速感を期待して買うクルマではないことを知っておいてほしい。
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