スピーカーを選ぶとき、参考になるものがメーカーの宣伝、評論家の感想文しか無いことが多い。試聴できても店頭の環境は自分の部屋と違う。周波数特性(f特)のデータは聴感と一致しないことがある。実際購入し自分の部屋に入れて初めて音がわかる。今までは、それが普通だった。そういう状況を改善するためにToole 博士によって考え出されたのがスピノラマ[3]。
スピノラマとは
今までスピーカーの測定データというと、正面だけのf特しかなかった。室内で聴くスピーカーの音は、正面以外にも反射音が関係するから、正面だけのf特はスピーカーの音を十分表しているとはいえない。
スピノラマは、スピーカーの音質評価に役立つグラフやスコアを出す測定と評価の手法。いろんな角度から測った沢山のデータをもとに計算する。正面以外に反射音や指向性を考慮するので、部屋に入れた時に近い音の評価ができる。
スピノラマの測定方法は、ANSI(米国国家規格協会) CEA 2034-A-2015で規定された標準規格[1]。ハーマンインターナショナルほか、いくつかのメーカーで利用され、既に多くの測定結果が公開されている[2]。
グラフの見方
以下はスピノラマの例だが、見方が少し難しい。私の解釈を加えてオーディオファン向けに簡単に説明したものを次に示す。詳細は参考文献を当たってほしい。
①On Axis 軸上正面
従来f特として開示されてきた情報に相当。細かい凹凸は音のクセ、平均的に緩やかなカーブは全体の音色に影響する。
②Listening Window 正面付近の平均
真正面で身構えて聞かない場合の参考。形が①と一致していることが望ましい。①とのレベルに差や凹凸の違いは聴く位置によって音が変わりやすいことを意味する。
③Early Reflctions 初期反射音
反射音の推定値。②とのレベル差で指向性がわかる。差が少ないほど指向性が広い。広すぎる指向性は、部屋の定在波や残響など部屋の影響を受けやすいことを意味する。②との形の違いは、導入する部屋によって音色が変りやすいことを意味する。
通常は以上の3つだけ見ればよい。基本的に、①と②は直線水平で重なっていて、③は直線右肩下がりが理想。以下は必要に応じて参照する参考データ。
④Sound Power(音響パワー)
全方向の音のエネルギーの平均。⑤の計算に使うもので聴感に直接関係しない。
⑤Early Reflctions DI , Sound Power DI 正面の音と反射音との比率。
それぞれ、②-③と、②-④の計算値。線が低いほど直接音と間接音の音量差が無い。つまり指向性が広い。これらは元の線から視覚的にわかるので、確認のために見ればよい。指向性のいい悪いは、3dB(エネルギー2倍)が目安。
スコアの見方
スピノラマのスコア(Tonality)は、スピーカーの「音の良さ」を数値化したもの。次の項目を1/3ずつの割合で足した合計値。
低域の伸び(Bass extension)
軸上特性の良さ(Flatness)
スムースさ(Smoothness=PIR) =実際の部屋で鳴らした時の特性の良さ
「低域の伸び」は小型スピーカーのスコアを不利にする。そこで、サブウーファーを追加して低域を拡張した、と仮定した場合のスコアが w/sub などいう表現で併記されることがある。他にもイコライザー補正した結果(w/eq)がある。補正内容はスピーカーごとに異なる。
図はスコアの例。赤がTonality。青Bass extension、緑Flatness、黄PIR。単体で聴く場合は赤と青、サブウーファーを使う前提なら緑と黄色に注目する。
一番下のASRは、データの出典がAudio Science Review であることを意味する。自社製品を自社で評価したデータより、このような第三者が出したデータの方が信頼できる。
スコアのラインキング
上位にGenelecやKEFが目立つ。
実例 Bowers & Wilkins 803D3
①On Axis 軸上正面
若干ハイ上がり。凹凸があり、若干癖がある。平均的に見ると低域と高域が盛り上がるうねりがあり、軽いラウドネスがかかっている。
②Listening Window 正面付近の平均
概ね平坦。①と落差は、おそらく上下方向の音の干渉によるもの。
③Early Reflctions 初期反射音
概ね正面の音に近い。②との落差が少なく、指向性が広い。
このスピーカーのスコアは、4.8。世間で言われるほど優秀ではない。このクラスは6以上が普通だから、性能が低い部類に入る。
聴感とスコアの関係
いくらスコアが良くても、聴感と一致しなければ意味がない。「数字はそうだけど、実際は違うよね」「耳で聞いた結果が重要だよね」ということになってしまう。
これについては、Sean Olive博士の実験レポートがある[4]。これによると、人は基本的にf特がフラットで、帯域が伸びたスピーカを好む結果が出ている。
スピノラマとそのスコアは、このような実験結果を元にスピーカーの音の良さを数値化するために考え出されたもので、スコアの妥当性がブラインドテストによって確かめられているという[5]。
スコアは最良の結果を示すから、自分の部屋に入れた結果、悪くなることはあっても数字以上に良くなることはない。悪くなる原因の多くは、部屋の定在波や反射、セッティングのミスである。
価格とスコアの関係
値段とスコアの相関は確かにあるが、分散が大きい。安くてスコアの高い製品があるし、高価な割にスコアの低い製品もある。パッシブとアンプ内蔵では、アンプ内蔵の方が有利な傾向がある[2b]。Genelecがその代表であり、これは内部でイコライジング補正をかけている為と見られる。以下は代表例。
安くてスコアの高いスピーカー
JBL 306P MarkII スコア5.3 (サブウーファー併用7.1)スピノラマ
ソフトドーム+ホーンの2Way。フラットで無難な音が出るスピーカーの一つ。
高価な割にスコアの低いスピーカー
Bowers & Wilkins 607S2 スコア3.4 (サブウーファー併用5.5)スピノラマ
どのくらいアテにできるか
スピノラマが示すのは周波数特性だけであって、歪や位相(バスレフの遅れ)などの情報が含まれないので、スコアの大小で単純に優劣が決まるものではない。
スピーカーの選択では、他にも本体サイズ、ユニットの配置、「見た目」などを考慮して総合的に判断する必要がある。
とはいえ、スピノラマは、スピーカーの音を把握するための有力な情報であることは確か。スピーカー選択の際の最初の振り分けに置いて、かなり参考になる情報と考えている。
<参考購入先>
5.Sound Reproduction ブラインドテストの結果が記載されているという
<関連資料>
1.スピノラマの規格
Standard Method of Measurement for In-Home Loudspeakers (ANSI/CTA-2034-A)
2.スピノラマの測定結果
a スピノラマ
b Speaker Data (beta)
<参考文献>
現代のスピーカ測定指標、スピノラマの妥当性をチェック,Innocent Key
09. 最新スピーカー測定技術「スピノラマ」,AudiFill
3.2020 – The speaker data revolution
4.Part 3 – Relationship between Loudspeaker Measurements and Listener Preferences