デジタルカメラは作品の創作に使えるか

 デジタルカメラは進歩した。近年では、COOLPIX5000のようにコンパクでも作品の創作に使えるレベルのものが出てきた。デジタルカメラは創作意図を撮影結果に反映しやすいので、銀塩よりも作品の創作がしやすいカメラといえる。

 

 銀塩では、ネガフィルムとリバーサルの二通りの選択肢がある。現像もプリントも他人が行う銀塩写真では、意図しない様々な補正をかけられてしまう。

 ネガフィルムのラチチュードは±2EVと広い。少々の明るさの差はフィルムで吸収され、さらにプリントの際に補正されてしまう為、露出を変えて撮っても無視されてしまう。
 また、同じネガでもプリントするたびに明るさや色が異なる問題もある。いい感じに仕上がった写真を焼き増ししたら、ホコリが付いていたり、全然違う雰囲気になってしまってガッカリ、という経験をしたことがある。
 見本を添えて「これと同じに焼いてね」というと、かなり正確に合わせてもらえるが、最初から見本がない場合は創作意図を正確に伝えることは困難で、望み通りの結果を得ることは困難だ。
 結局、ネガフィルムは誰がどのように撮っても破綻無く仕上がるように作られた一般消費者向け仕組みあって、クリエイティブな用途には適さない。モノクロで撮って自分で現像すれる方法もあるが、そこまで自分でやる気になれなかった。

 一方、リバーサルフィルムは最初からポジで仕上がることもあり、現像した時点で創作意図が結果に反映されやすい。ところが、手軽な鑑賞手段がない。ルーペで見るか、プロジェクターで投影するか、印画紙にプリントするかの、3つの選択肢があるが、印画紙にプリント(ダイレクトプリント)すると画質の劣化が大きい。プロジェクターで投影する場合は準備が煩わしく、手軽とは言い難い。

 以上の事情から、私は銀塩時代にに写真の創作をあきらめた。最近では手頃な価格でフィルムスキャナが入手できるから、銀塩リバーサルもつかえないわけではない。銀塩をどうしても使っていきたい人にとっては、これも一つの選択肢といえる。

 

 一方、デジタルカメラの場合は、露出の影響はシビアに作品に反映され、色合いもホワイトバランスの調整や撮影後のレタッチによって望み通りに修正できる。印刷も結果をみながら色合いを校正することができる。すなわち、撮影からプリントまで、他人の手が入ることなく、完全に自分の思い通りに出来る。

 写真の創作は、そのほとんどが個人の自己満足で終わる。写真作品の芸術的価値は、絵画などに比べると非常に低く、資産価値はゼロに等しい。銀塩時代に撮った写真を人に見てもらう場は、雑誌か地域の展示会しかなかった。個人の写真は、今まで通り記念・記録に使うのが適当なのかもしれない。

(2016/9追記)
 ※今は500pxや1pxなど、ネット上で作品を公開する場が増えました。

 以下は銀塩時代の入賞作品です。

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 カメラマン1987年11月号に掲載。ミノルタX-7で本来出来ないはずの二重露光を工夫して撮りました。目立つ個人情報は消してあります。

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 1983~1986年タミヤパチッ特集号。模型のジオラマを作ってモノクロで撮った写真を投稿します。これも二重露光を使った作品。写真の火炎はPC-8801で絵を書いて、それをボカして撮りました。これは販促も兼ねているので投稿すれば大抵は載せてくれました。

 

<参考購入先>
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