写真は所詮自己満足か~銀塩時代の苦労と現在

 デジタルカメラが登場する前は、ネガフィルムやリバーサルフィルムで写真作品を作っていた。カラーのネガフィルムはラボに出すが、プリントで意図しない補正をかけられてしまう。プリントされた結果に撮影者の意図を結果に反映することは、ほとんど無理だった。

 

絶望的だったフィルム時代のプリント品質

 ネガフィルムのラチチュードは±2EVと広い。少々の明るさの差はフィルムで吸収され、さらにプリントの際に補正されてしまう為、露出を段階的に変えて撮るのは無意味だった。

 気に入った写真を焼き増しに出すと、違う結果になった。ホコリやゴミが映ることも多かった。見本を添えて「これと同じに焼いてね」というと、かなり正確に合わせてもらえた。しかし見本がない場合は、絶望的だった。

 

 結局、望み通りの結果を得るには、リバーサルフィルムを使うか、自分でプリントをやるしかなかった。

 リバーサルフィルムは最初からポジで仕上がることもあり、現像した時点で創作意図が結果に反映される。ところが、手軽な鑑賞手段がない。ルーペで見るか、プロジェクターで投影するか、印画紙にプリントすることになる。

 リバーサルを印画紙にプリント(ダイレクトプリント)した場合、画質が大きく劣化した。プロジェクターで投影する場合は準備が煩わしく、手軽とは言い難いものだった。

 

 以上の事情から、私は銀塩時代に写真の創作をあきらめた。最近では手頃な価格でフィルムスキャナが入手できるから、銀塩リバーサルもつかえないわけではない。銀塩をどーしても使っていきたい人にとって、これも一つの選択肢といえる。

 以下は銀塩時代に頑張って撮った私の創作作品。

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 カメラマン1987年11月号に掲載。ミノルタX-7で本来出来ないはずの二重露光を工夫して撮りました。個人情報は消してあります。

 

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 1983~1986年タミヤパチッ特集号。模型のジオラマを作ってモノクロで撮った写真を投稿します。これも二重露光を使った作品。写真の火炎はPC-8801で絵を書いて、それをボカして撮りました。

 

デジタルカメラで変わった創作環境

 当初、オモチャのような道具だったデジタルカメラが進歩した。COOLPIX5000のように、コンパクトでも作品の創作に使える高性能なカメラも登場した。

 デジタルカメラでは、露出の影響はシビアに作品に反映され、色合いもホワイトバランスの調整や撮影後のレタッチによって望み通りに修正できる。印刷も結果をみながら色合いを校正することができる。

 すなわち、撮影からプリントまで、すべての工程を自分の思い通りに出来るようになったのである。

 これで思う存分、写真創作ができる環境が整った。しかし昔のような意欲が沸いてこない。それは、次のことに気づいたからだ。

 

最後に

 写真の創作は、ほとんどが自己満足で終わる。容易にコピーできてしまう写真作品の芸術的価値は絵画に比べ低い。素人作品の価値はゼロ。資産価値など無いに等しい。

 結局写真は作品作りではなく、記念や記録に使ってこそ役立つものだ[1]

(2016/9追記)
 ※銀塩時代に撮った写真を人に見てもらう場は、雑誌か地域の展示会しかなかったが、現代は500pxや1pxなど、ネット上で作品を公開する場が増えた。

 

<参考購入先>
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