東洋ゴム KYBの免震データ改ざん~そもそも基準は妥当だったか

「不安だ」「免震に魅力を感じて買ったのにどうしてくれる」マスコミの報道によって東洋ゴムが一方的に悪者にされている。本当にそうだろうか。難しい話は公開されないことが多い。それを知ることで、本当の実態が見えてくる。

 

基準の方がおかしくないか

  世の中には大小いろんな防振ゴムが市販されているが、カタログスペックは目安にすぎない。以前ブリヂストンの小型防振ゴムを買ってバネ定数を測ってみたら、カタログ値とかなり違っていたことがある。

 私の経験では、カタログ値に対して2倍くらいの違いは普通。2倍というと100%のズレになる。ブリヂストンに限らず、どこも似たような品質である。そんなアバウトな商品が問題にならないのは、2倍くらいのズレは免震性能に大きく影響しないためだ[1]

  今回の報道で基準の方を疑問視する声はほとんど聞かれない。ゴムの物性はバラツキや変動が大きく温度によっても大きく変わる。

 認定基準は減衰とバネ定数両方について、なんと誤差±10%以下!というが、ゴムと鉄板を積層したものをこの基準に収める物づくりが現実に出来るのだろうか。10%のズレは、気温変動だけで容易に起こる大きさだ。

 KYBで問題になっている減衰は15%が基準値。顧客との契約ではなんと10%という[3]。私には非現実的な数字に見える。

 

10%のズレ=免震性能10%ダウンではない

 「免震性能が基準を満たさないゴムを使った」(東海テレビ)というが、誤解を招く報道だ。正確には「性能基準を満たさないゴムを使った」である。それが直ちに「免震に問題あり」となるわけではない。

 「最大でマイナス50%の誤差があり、同社のモデル計算ではこの値だとゴムが1.3倍変形してしまい、地震の揺れを抑えられない」Economic News(3月16日) という記事もある。これも誤差が免震に直結するように読める不適切な報道だ。

 そもそも防振ゴムの設計は、耐荷重の中で出来るだけ弱いバネを使う(変形を大きくとる)もの。バネが弱いほど、揺れの伝わりが少なくなる性質がある。マイナス側のズレは免振性能が高くなる方向だから、喜ばしいことではないか。

 

免震性能は「建物の重さ」も関係する

 免振性能は、建物の重さとバネの比率で決まる。つまり、建物の重さはゴムのバネ定数と同じ影響を与える。例えば建物の重さが当初設計から10%減った場合と、ゴムのバネ定数が10%増えた影響は等価である。なのに建物の重さの方は、なぜか問題視されない。

 たとえ基準を満たすゴムを使っても、建物側が軽く作られていると設計通りの免震効果が得られない。

 居住者が問題にすべきは、ゴムが基準からズレているか否かではなく、建物の重さを含む総合的な免震性能が結果的にどうなっているのか。この測定結果を踏まえたうえで「不安だ」「どうしてくれる」といった話にしないと損をする場合がある。例えば「国の基準を満たす防振ゴムに交換したら、かえって免震性能が落ちてしまった」なんてことになりかねない。

 

10%のズレは微々たるもの、性能上問題ない(2018/11/23追記)

 10階建てのマンションに入れた積層ゴムとダンパーが基準値よりズレたら、免震性能がどう変わるのか。これを計算した結果を次にご紹介する。免震効果は地震の揺れの周期によって異なる。気象庁の資料[4]を参考に兵庫県南部地震(1995年) と、宮城県沖地震(2003年)を想定した。

 

兵庫県南部地震に対する基準値からのズレの影響

宮城県沖地震に対する基準値からのズレの影響

免震設計の諸元
 建物 10階建マンション(重さ6000トン)
 積層ゴム水平方向の静的ばね定数:25,700kN/m (動的ばね補正係数2.3)
 免震の振動周期(共振周波数):2秒(0.5Hz)、垂直方向15Hz[5]
 ダンパーの減衰係数:38kNs/cm (ζ=0.1)

 

 この免震設計ではゴムとダンパーが設計通りのとき、兵庫県南部地震の揺れを20%に、宮城県沖地震の揺れを2.3%に抑えることができる。グラフではこれを免震性能「0%」と置いた。

 グラフはゴムとダンパーの性能が設計値からズレた場合の、免震性能の変化を計算したもの。プラス側は免震性能が向上、マイナス側は悪化になる。

 ズレの影響は兵庫県南部地震の方が大きいが、ゴムが50%基準からズレても10%くらいしか免震性能に影響しない。ダンパーに関しては、まったくといっていほど関係しないことがわかる。

 ダンパー元々共振点の振幅を抑えるもの。共振点から離れた地震の揺れに対してはあまり働かない。このダンパーは縮んでいくと途中から減衰が変わるものが採用されているらしい。ということは、地震の揺れを抑えるものではなく、揺れが極端に大きいとき振幅を抑えてゴムの破壊を防ぐリミッターの働きがメインのようだ。

 ちなみに、この免震が効くのは水平方向の揺れのみであり、垂直方向(直下型地震)に対しては無力である。

 

 今回の話は、こう言えば良かったかもしれない。

 

「データの改ざんは悪うございました、お詫びします。
設計は元々十分余裕を見ており、この程度の誤差があっても性能に支障ありません。
免震性能もこの通り十分でございます。安心してお住まいください」

 

 実質的に問題ないものをわざわざ交換するのは、費用と資源の無駄。

 データ改ざんは常に悪意を伴うものとは限らない。今回の事件は、改ざんでもしなければ入れることができない、不適切な基準の方に因があったように思える。

 

お前たちが決めた基準だろ

 国の基準というのは、国が密室で決めたものが上から降ってくるわけではない。通常は、国が製造メーカーに打診する。

 そこでメーカーが資料を出すと「甘すぎないか、これくらいにしろ」「ええー、そんなの無理」「じゃあ、このくらいでどうだ」といったやり取りが行われる。そうして合意したものが、お国の基準としてFIXされる。

 今回の話は、実際に守れない基準を約束して自爆した、というのが本当かもしれない。あるいは、守れない基準を国が無理やり約束させた可能性もある。

 


 

2018/10追記 KYBの免震不適合について

 この問題は2つある。減衰力の検査データを改ざんしていた点と、認定仕様と異なる材質のピストン、パッキンを使用していた点[2]

 上記の通りダンパーの減衰力は免震性能に大きく関係しない。少々ズレたところで体感もできないはず。減衰力はもともと、ばらつきが大きく管理が難しい性質のもの。免震ゴム同様、基準の方が厳しすぎた可能性がある。

 今回の問題は、認定仕様と異なる材質のピストン、パッキンを使用していた点の方が大きい。

 材質は耐久性に関係する。何をどう変えたのか詳しい情報がないが、コストダウンのためにこっそり安い材料を使ったのではないだろうか。

 耐久性の低い材料を使うと、年月が経つうちに劣化して性能が落ち、いざというとき役に立たない可能性がある。

 

今すぐ交換しなくても問題ない

 今設置されているダンパーはおそらく問題なく機能する。しかしそれを建物の所有者に説明するのが難しい。免震の理屈は素人にはわからない。「不適合な部品を使った」という事実がある限り、何を聞いても不安は払拭されない。結局「全部交換しろ」となってしまう。まことに恐ろしい業界だ。

 仮に私が建物の所有者なら、次のようにする。

「今のダンパー、何年もつの?」
「10年は大丈夫です。ほらここにデータが」
「なるほど、じゃあ10年後に正規のものと交換してください」
「わかりました!必ず交換させていただきます!!」
「覚書きを作って持ってきて。10年後になって、あなたや今の関係者がいなくなったあとで、そんな約束知らんがな、と言われてしまうと困るので」

 

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<参考文献>
2.KYB(株)及びカヤバシステムマシナリー(株)が製造した免震・制振オイルダンパーの国土交通大臣認定への不適合
3.KYB改ざん 免震装置7割基準値外 最大42%ずれも(リンク切れ)
4.気象庁 (地震波の)フーリエスペクトルと加速度応答スペクトル
5.建築物における免震・制振構造について,井上豊

<改訂履歴>
2018/11/23 基準値からのズレと免震性能への影響を示すグラフを追加しました。