入り口から出口まで一貫してデジタル処理する「フルデジタルアンプ」は、アナログでは望み得ない高精度のボリウムコントロールと忠実な信号伝送が期待できる。しかし、このタイプのアンプにはまだいくつかの問題があるようだ。
フルデジタルアンプの欠点
1.演算の桁落ちによる情報量の減少
「ボリウム」コントロールはアナログでもデジタルでも課題が多い。デジタルの場合は演算処理の桁落ちによって情報の欠落が起こる。特にゲインを絞る処理が割り算で行われていると小音量で極端に情報量が減ってしまう。従い、これにどう対処しているか、確認することが重要。
以下は対処策の例
(1)割り算をせず出力の波高値を変える(ソニーS-Master Pro のパルスハイトボリウム)。
(2)小音量用の電源を別途用意して切替えて使う(ケンウッドのR-K1000に搭載されていたClear Aモード)。
(3)十分長い演算語長を持たせる。
(1)のみ、原理的にボリウムコントロールによる劣化が発生しない。
2.低いダンピングファクター(DF)
デジタルアンプの出力は矩形波なので、原理的にフィードバックがかけられない。結果として出力インピーダンスを下げられない。つまりフルデジタルでは、アナログアンプのような高いDFは実現できない。これは原理的に改善困難な課題だ※。
デジタルアンプと称するアンプの多くが、プリ部がアナログ処理で、出力段だけデジタルなのは、そうしないとフィードバックをかけられない(高くできない)事情もあるようだ※。
※:近年DDFAというデジタルフィードバック技術が生み出され、デノン PMA-50に搭載された(2014年)。
3.負荷によって特性が変わる
このことはフルデジタルに限らずデジタルアンプに共通する。
デジタルアンプでは出力の後にアナログ信号に戻すためのローパスフィルターが入っている。このフィルターのカットオフやQ(共振倍率)が繋ぐスピーカのインピーダンスによって変わってしまう。
インピーダンスが低いとカットオフが下がって可聴域に位相歪を生じ、高いとQが上昇してスピーカーに高周波電流が流れやすくなる。
ネット上にはこのことを問題視する記事をみかけるが、アンプで規定されているインピーダンスの範囲を逸脱した負荷を繋がない限り問題ない(可聴域以上の話)。
このインピーダンス範囲の下限が6Ωの機種が多い。JBLでは4Ωのスピーカーもある[3]ので、4Ωまでの対応が望まれる。
4.サンプリングレート変換で音質が悪化する
デジタルの入力信号には44.1kHz系統と48kHz系統の2種類ある。
デジタルアンプでは普通、これをより高い周波数にサンプリングレートを変換して処理を行うが、その周波数が元のクロックの整数倍の場合は何も起きない。しかしそうでない場合、例えば44.1kHz系統の入力信号を48kHzの整数倍で変換しようとすると、データの配列がズレて品質が劣化する[2]。
この問題にどう対処しているか、確認することが重要。
以下は対処策の例
(1)いったん十分高い周波数でリサンプリングしてから任意の周波数に落とす。
(2)44.1kHzと48kHzの2系統のクロックを備え、入力信号に応じて割り切れる方を自動選択する(DENON PMA-50,60)
(3)入力信号を整列させたのち、十分高い周波数でリサンプリングしてさらにズレを除く(ソニー S-Master)
5.左右の位相差
2chの信号を一つのプロセッサで処理して順次パワーアンプに送る仕組みだったり、スイッチング周波数が十分高くない場合、左右から出る音に時間差(位相差)を生じることがある。この場合、音像定位がその分ズレる。
たとえばケンウッドのR-K1000ではLR間に1.38μ s ( 20kHzで10°)の位相差がみられる。20kHzで10°という数値は聴感で解るはずもないが、可聴域に誤差が出ていると気になる。無意味な過剰スペックはHi-Fiオーディオ機器のモットーだからだ。
プロセッサからパワーアンプに引き渡すところの時間ズレは、多チャンネルのAVアンプで問題になる。ここは演算したデータをすぐパワーアンプに送らず、いったん貯めておいて、次のクロックのタイミングで一斉にパワーアンプに送る仕組みなっていれば問題ない。
フルデジタルアンプのメリット(2018年8月追記)
1.ボリウムコントロールが正確
ボリウムコントロールを演算処理で行うため、原理的にゲイン誤差やギャングエラーを生じない。また、その正確さが長期的にも変わらない。アンプの価値を長く維持できる[5]。
2.きわめて高いS/N比
フルデジタルのS/Nは演算処理によって決まる。アナログアンプでは抵抗を電流が流れるきの「熱雑音」によってS/Nが悪化する。これは設計をどのように工夫しても原理的に避けられない。
アナログアンプのプリ部S/N比の限界は、だいたい110dB[4]なのに対し、フルデジタルでは簡単に120dBを超えることが可能。この広大なダイナミックレンジが、デジタルアンプの透明な音の秘密の一つかもしれない。私がフルデジタルにこだわる理由の一つがここにある。
フルデジタルアンプの例
1.ケンウッド R-K1000 (発売2007/11 絶版)
ローコストにまとめてある関係上、作りがミニコンポの延長で安っぽい。端子類や操作部など、Hi-Fi機器として見ると気になる点が多い。
DFの実測値は21(8Ω)。ボリウムのギャングエラーが0.7%程度ある[1]。
音量調整が割り算らしく、ボリウムレンジを変更できるClear Aモードが付いている。このモードを解除すると音場が多少、希薄になるようだ(レベルが1dB変わるので、視聴の際は補正が必要)。
2.ソニー TA-F501 (発売2007/3 絶版)
S-Master Pro 搭載機。無帰還アンプのためDFは25(8Ω実測値)と低い。ボリウムのギャングエラーほぼゼロ[1]。
パルスハイトボリウムほか、様々な技術を駆使してジッターやサンプリングレート変換などデジタル処理の課題を解決した理想的なフルデジタルアンプ。
S-Masterの技術的な説明は「かないまる」さんのサイト[2]が詳しい。
3.DENON PMA-50 (発売2015/1) PMA-60(発売2017/10)
DDFAというデジタルフィードバック搭載機。DFは数千という噂がある。ボリウムのギャングエラーは無いとされる。音量調整の仕組みは不明。
2系統のクロックを持ち、入力信号のサンプリングレートに応じて切り替えることでレート変換による音質劣化を排除している。
フルデジタルアンプの音の傾向
フルデジタルにはいろいろ問題があるが、出てくる音は問題を意識させない。共通する特徴に、音場が透明で、澄んでいる点がある。ソニー TA-F501では細かな音がよく分離して聞こえる。無論、ケンウッドも優秀で、フルデジタルのメリットを堪能できる。
このピュアで分離の良い音は、価格が1桁~2桁以上高いアナログアンプと同等、もしくは越えており、もうこれで十分と思わせる実力がある。
写真はデジタルアンプ比較テスト時の様子。我が家では結局、ソニーTA-F501 がリファレンスになった。
最近のコンポは小さいためラックががら空きになった。しかし重量物だったアンプが小型軽量になったのは喜ばしいことだ。
値段が高すぎるアンプ、改造品に注意
デジタルアンプには10万円を超える高額な商品がある。デジタルアンプは本来安く作れるもの。10万円を超えるものは、無駄な所にコストがかかっている可能性がある。
それと、デジタルアンプの発信素子を取替えてオーバークロックした改造品を見ることがある。音質改善に疑問があるばかりか、発熱が増えて寿命が短くなっているかもしれないので注意したい。
<参考購入先>
デジタルアンプ
ソニーのデジタルアンプ一覧 TA-F501は中古で入手可能なようです
DENONのデジタルアンプ PMA-50以来、良い商品を投入し続けるメーカーです
Marantz CDレシーバー ネットに対応したユニークな商品を投入しています
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5.アンプの音などというものは存在しない~オーディオアンプの選び方
<参考文献>
かないまるのホームページ ソニーデジタルアンプについて詳しい技術解説があります(リンク切れ)