剪定した庭木の切口を早く治す

 木は枝を切られると木はカルス(癒合組織)を発達させて傷口を塞ぐが、大きい切り口を作ると癒合に時間がかかり菌や害虫に侵されるリスクが増す。このリスクを軽減し癒合を促進するための薬剤(癒合剤)が市販されている。これを使って切り口を早く治す方法を検討した。

 

適切なカット位置はどこか

 枝を不適切な位置でカットすると見苦しい結果になったり腐朽してしまうことがある。写真はシマトネリコだが正しい切断ラインは緑のラインあたりになる。理由などの詳細はジャイゴのCODIT理論[1][2]を参照されたい。このような注意がいるのは太枝を切るなどして大きな切り口を作った場合になる。

枝の正しいカット位置

 

慰合剤の比較

 切り口に塗る慰合剤は園芸だけでなく盆栽でも必要なアイテムになっている。癒合剤の一つに「トップジンMペースト」があり昔から広く使われ実績も豊富だ。文献[3][4]によると未処置よりも良好な結果を得ている。トップジンMペーストにアルミホイルをかぶせると癒合が促進する結果も報告されている[5]が、単に雨による溶失を防いだ結果かもしれない。

 切り口の癒合に関しては盆栽からの情報もある[6]が、いろんな商品がある割りに定量的な評価がほとんどされていない。愛知県植木センターでも実験中[7]でありこの分野は未だ十分解明されておらず多くの人が試行錯誤している状況のようだ。

 切り口の癒合に使われている商品の成分と機能の一覧を次に示す。

表1 各種癒合剤の成分と機能

 商品名 成分 殺菌作用  乾燥防止  耐久性  備考
 トップジンMペースト  ゴム系エマルジョン  成分は酢酸ビニルとあるが
実際はゴム系エマルジョン
 カルスメイト  酢酸ビニル系 × ×  
 木工用ボンド  酢酸ビニル系 × ×  
 キヨナール  アクリル樹脂系 ×  
 カベコーク  アクリル樹脂系 ×  
アクリル絵の具 アクリル樹脂系 ×  
塗料・ペンキ(水性) アクリル、シリコン ×  
カットパスター(不乾性パテ) 不明 ×  
ネオシールB-3(不乾性パテ) ポリオレフィン系 ×  
IPH高粘着(不乾性パテ) ポリブテン系 × 付着しにくい
AP-200(不乾性パテ) ポリブテン系 × 乾燥固化する
アルミホイル アルミニウム × 単独使用では
接着要
シリコンシーラント シリコン系 × 最も除去困難
墨汁 炭素 × × × 着色のみ

 どれも基本的に雨水や雑菌の侵入を防ぐ「カバー」であり材質の違いは耐久性や施工性だけと考えておきたい。この中ではトップジンMのみ殺菌効果が明示されている。

 酢酸ビニル系は数回の雨で溶失するが、切り口に薄い防御層が出来るまでの短期間持てばよい、つまり最も雑菌に侵されやすい時期を安全に乗り切る為の商品と考えられる。他のものは殺菌効果が無いが長期間雨水や雑菌の侵入を防ぐ性質があり、このことが癒合促進に寄与していると考えられる。

 トップジンMペーストの硬化成分は酢酸ビニルとあるが、実際はゴム系のエマルジョンとみられ、一度完全に乾くと耐水性のある皮膜を作り雨が降っても簡単に溶失しないことが当方の実験からわかっている。

 ホルモン剤や紫外線カットをうたう商品があるがその効果には根拠がなく墨汁は着色するだけと考えられる。癒合に関与する植物ホルモンの働きは複雑でまだ十分解明されていない[8]

 

窒息系慰合剤の弊害

 表1の不乾性パテとアルミホイルは水分や空気を通さない。

 切り口の呼吸を完全に止めてよいのか、また不乾性パテに含まれる油分(ポリオレフィン、ポリブテン)が悪影響を及ぼさないかが懸念される。

(後述する1年後の検証実験から、長期間パテを貼りつけておくと良くない結果になることがわかりました。)

 

組み合わせで保護効果をアップさせる

 人間でも傷に消毒を塗るだけでなくバンドエイドを貼った方が治りが良いように、トップジンMを塗ってカバーでその溶失を防げばそれぞれの欠点を補い単独で用いた場合より良い結果が期待できそうだ。

 カバーの多くは柔軟性に乏しくカルス(癒合組織)の発達に伴い破損や脱落が起こるため補修が必要になる。この点は柔軟性のある不乾性パテが有利だ。上記3種の中ではネオシールB-3が最も長く柔軟を保つ。不乾性パテを屋外に置くと表面から次第に乾くが、アルミホイルなどで覆えば乾燥を防ぎ長く柔軟性を保つことができる。



切り口を保護するカバーの構成図 切り口の処理で最も耐久性の高いのは左のように殺菌剤(トップジンMペーストなど)+不乾性パテ(ネオシールB-3など)+乾燥防止シート(アルミホイルなど)の3層構造と考えられるが、ここまで必要なケースは少なく通常はトップジンのみで十分と見られる。

 どのような処置をするにしろ、剪定のミスまでカバーできない。この方法は適切な位置で切断した前提のうえで成り立つ話であることを忘れないでほしい。

 

 2016/2/29追記
 このようなカバーは初期の傷口保護に有効ですがカルス形成の障害になることがわかってきました。傷口が落ち着くまでの2~4週間を経過したら除去した方が良いようです。

 

検証実験

 我が家では10月に強剪定を行い大きな切り口を得たので、これを利用して検証を試みることにした。実験条件は以下の通り。切り口の癒合は条件を揃えた比較が無理なため、個人での実験は難しいが何らかの結果が出ることを期待したい。

トップジン+パテ+アルミの3層で保護した切り口パテ(ネオシールB-3)のみで保護した切り口

 左:トップジン+パテ+アルミの3層構造 右:パテ(ネオシールB-3)のみ。パテは自然分解しないので後で取り除く必要がある。

 

エアコン配管用パテ(AP-200)で保護した切り口トップジン+アルミで保護した切り口

  左:エアコン配管用パテ(AP-200) 右:トップジン+アルミ。アルミを垂直面に使うと水溜りができやすい。はたしてどうなるでしょうか。

 

<参考購入先>
トップジンMペースト 広く実績のある殺菌癒合剤です
不乾性パテ(ネオシールB-3) 癒合に使える不乾性パテ


 

1年後の様子(2015/12/12追記)

 

 1年前に癒合処置した切口の様子をご紹介する。以下はBefore Afterになる。以前撮影した部分には剪定処分して無いものもあるが、ご容赦いただきたい。

 

トップジン+パテ+アルミの3層で保護した切り口 

トップジン+パテ+アルミの3層保護を剥がした様子

 トップジン+パテ+アルミの3層構造のBefore After。木はシマトネリコ。アルミをめくると隙間にアリ、クモ、ハサミムシがいた。写真はこれら虫類を取り除いた後。周辺のカルスはゴツゴツ隆起した形になっている。

 

エアコン配管用パテ(AP-200)で保護した切り口 

エアコン配管用パテ(AP-200)のカバーを剥がした様子

 エアコン用パテ(AP-200)で処置した部分のBefore After。このパテは屋外で乾燥硬化し、容易に除去可能。切り口のツヤは樹液が固まったもの。他に問題は見られない。カルスの巻きは少ない。

 

 トップジン+アルミで保護した切り口

トップジン+アルミのカバーを剥がした様子1

 トップジン+アルミで処置した部分のBefore After。木はトキワマンサク。アルミの内側でカルスを巻いているのがわかる。アルミをめくったところ。アルミがくっついていて剥がれない。残っている接着成分はトップジンと樹液の混合物で水に溶けない。

 ここはアルミと切り口がぴったり密着していたため、アリなどの昆虫は見られなかった。

 

 以下はBeforeの写真の無いが、同じ時期に癒合処置した他の場所の様子。木はすべてシマトネリコもしくはトキワマンサク。

 アルミのカバーを剥がした様子1

 トップジン+アルミのカバーを剥がした様子2

 木の種類によらず、アルミカバーの下にはアリがいることが多い。左はシマトネリコ。この木にカバーをするとゴツゴツ隆起する形のカルスができる。

 

アルミカバーの下にアリが集まっている様子

 集まっているアリを除いてみたところ

 アルミカバーの下に沢山アリがいた部分と、アリを取り除いたところ。特に何かあるというわけでもなく、アリが癒合の害になっている様子はない。切り口の癒合は完了しているが樹皮は非常に薄い。

 

パテ(ネオシールB-3)のカバーを剥がした様子

 屋外で乾燥しないパテ(ネオシールB-3)で処置した部分。グレーの成分が樹液と混合し一体化している。

 正常に癒合が完了した切り口

 正常に癒合が完了した部分の参考。

 

結論

 以上の結果から、アルミやパテなどの保護カバーを付けたまま放置すると、カルス発達の障害になりやすいことがわかった。シマトネリコではゴツゴツ隆起したような形のカルスが出来て見た目が悪い。また、カバーの下はアリやクモが集まるが、これら昆虫は樹液が目的あって癒合には無害な様子だった。

 パテは不乾性のネオシールB-3よりも、エアコン用AP-200の方が除去しやすく害が少ないようだった。ネオシールが長期間切り口にあると樹液と混ざって固まってしまうことがわかった。

 以上の結果からすると、アルミやパテなどの保護カバーは菌の侵入に弱い最初だけ(おそらく1ヶ月以内)でよく、それ以降は除去して空気に触れるようにし、自然な癒合に任せる方がよいようだ。

 切り口を何かで保護しないと腐る・・

 その原因は、不適切なカットにあったのかもしれない。最初から正しい位置でカットしていれば、ほとんどの場合、特別な保護処置は必要ないと考える。

 

 切り口の保護剤は今のところトップジンMペーストがベストであり、放っておけば自然に消えてなくなる理想的なカバーを実現できる。

 

トップジンの流失を防ぐカバーのスクリーニング試験をしている様子

  写真はトップジンを塗った切り口を1カ月もたせるカバーのスクリーニングをしている様子。ガラス板に施工して45度に設置し、屋外で雨に晒す。

 

 左のサンプルは左から、サラダオイル、ワセリン、未処理、未処理、未処理。
 右のサンプルは左から、コーヒー用の紙フィルター、トレーシングペーパー、トイレットペーパー、ティシュペーパー。

 

 

(2016/2/29実験結果追記)
 トップジンは十分乾燥する前に雨が降ると溶失しますが、一度しっかり乾燥すれば紙などのカバーを追加しなくても1カ月以上もつことがわかりました。

(2016/4/15 追記)
 ガラスに施工した硬化物の性状から、トップジンの成分が、商品表示の酢酸ビニルではなく、ゴム系エマルジョンであることがわかりました。そのため、完全に硬化したあとは耐水性を発揮し、水に溶けることはありません。

 

<参考購入先>
トップジンMペースト 切り口の保護にベストな殺菌癒合剤です

<関連記事>
異次元の切れ味~剪定鋸(のこぎり)の選び方
ガーデンシュレッダーの選び方と運用の工夫

<参考文献>
1.ジャイゴの剪定理論
2.枝の適切な剪定位置。自然の理にかなった剪定位置があるという話(リンク切れ)
3.長野県におけるリンゴ腐らん病防除対策とトップジンMペースト
4.塗布剤がりんごせん定痕のカルス形成に及ぼす影響(リンク切れ)
5.シカの樹皮食害防止対策
 トップジンMペーストにアルミ箔をかぶせた実験とその結果が記載されています(現在リンク切れ)。
6.盆栽道具 癒合剤
 不乾性パテが癒合剤として使えることを紹介しています。
7.愛知県植木センターだより(リンク切れ)
 H26~H28にかけて剪定切り口の保護回復についての実験調査を実施中です。
8.傷ついた植物の茎が治るメカニズムを解明(筑波大学)(リンク切れ)

<改定履歴>
2016/4/15 トップジンMペーストの耐水実験結果から、その成分が酢酸ビニルではなくゴム系エマルジョンであることがわかりましたので、関連する表記を修正しました。