エプソン R-D1とライカマニア

 ライカは戦前から戦後しばらくにかけ、世界最高の誉れ高いブランドだった。ライカは現在でも存続し製品を作っているが、当ページではそんなライカの黄金時代に作られたレンズや機体を対象にしている。これらは過去の遺物であり、骨董的な価値しかない。

 現在のライカは、日本のOEMを受けないと存続が厳しい状況である。いまや、ライカのカメラやレンズの部品の多くが、日本製という噂もある。ライカ純正のデジカメの登場を期待する人もいるようだが、無理と思われる。
 そんなライカに未だに人気があるのは、過去の名声と憧れのほかにも、「舶来物」に対し、無条件に憧れを抱く日本人の特異性が関係する。ライカが好きな人を、ライカファン、ライカ信者というようだ。
 ライカを単なる骨董趣味とするならよいが、「ライカでないと撮れない写真がある」「現代の技術を持ってしても、到達できない特別な描写性能がある」というように思いこんで、現代の工業製品より優れていると主張する人がいるようだ。

 

 写真の写りに関しては、レンズのコントラストや収差といった「光学特性」が主体のためオーディオなどにくらべると明快で定量的な評価ができる。しかし、評論家やライターの記事を読みすぎると、間違った先入観や知識を植え付けられてしまう点はオーディオの世界と同じだ。
「ライカでしか得られない味がある、撮れない写真がある」というのは、レンズの光学的問題点によって発生した写りの悪い部分を、理屈を知らない素人がプラス方向に解釈したにすぎない。私はライカで写したという二線ボケ出まくりの汚い写真を「すばらしいボケ味」などと評した雑誌記事を見たことがある。

 

 究極のライカ風カメラといえば、エプソンのR-D1にトドメを刺す。これはまさにディープなライカファンをターゲットに作られたデジカメであり、大量生産、大量販売の世の中で、こういうマニアックなカメラが世に出たことに驚く。普通なら、企画の段階で「ライカマニアのたわごと」としてボツになるのが関の山だったろう。

 R-D1は古いライカ用レンズを取り付けて、その描写を楽しむためのカメラである。R-D1の設計には、ディープな「ライカマニア」の精神を感じるが、デジタルになったことで、フィルムでは難しかった、作品に対する創作意図の反映が、かなり正確にできるようになるメリットがある。

 また、古いライカ用レンズの写真をデジタルで撮れると言うことは、撮影結果が正確に他人に伝わり、多くの人の目によって客観的に評価される状況になったことを意味する。これによって、これまで評判だけで生き延びてきたレンズの真の実力が明らかになるだろう。そこで「やっぱりライカは評判通りであった」ではなく、「古い割にはよく撮れるね」程度であることが明らかになるに違いない。

 

<関連商品>
エプソン R-D1
ライカ商品一覧 プレミアム価格(ブランド料)が上乗せされて高いですね