前回はトーンバーストを使った遅れの測定結果をご紹介した[3]。この方法は任意の周波数の遅れを測れるが、ボンボン不快に響く低音は、遅れが最も大きい周波数が目立った結果。私たちが知りたいのは、その遅れの最大値ではないだろうか。そこで、今回はこれを正確に測る方法を検討した。
スピーカーのインピーダンス特性
スピーカーの遅れは、最低共振周数、バスレフポートの共鳴周波数のピークのところで大きくなる。そこでまず、これらの周波数を知る必要がある。これらの周波数はインピーダンス特性に表れるので、最初にインピーダンス特性を測定する。
グラフはJBL S3100のインピーダンス特性の測定結果(駆動アンプ TA-F501)。
このようなインピーダンス特性は、抵抗1本とICレコーダーがあれば測定できる(インピーダンス測定法は別の記事にまとめた。後述のリンク参照)。
グラフには最低共振周数f0cとバスレフポートの共鳴周波数fdの2つの山が表れている。
最低共振周数の遅れは、インピーダンス特性のカーブから次に説明する式を使って計算できる。
最低共振周波数の遅れを計算する方法
最低共振周数をf0cとすると、そのピークから-3dB(約3割)下がったところの周波数幅Δfを調べ、次の式に代入することで機械系の減衰比 ζm や共振倍率Qmが求まる(ハーフパワー法)。
ζm=Δf/(2・f0c) (1)
Qm=1/(2・ζm) (2)
但し、ζmが0.1を超えると誤差が大きくなる[1]。この場合は理論曲線と重ねてカーブフィットする[4]。
電気系の制動を含むトータルの減衰比 ζt と共振倍率Qは次式の形になる[2]。
ζt=ζm・Rp/Re (3)
Q=Qm・Re/Rp (4)
Re:定格インピーダンス、、Rp:f0点におけるインピーダンスのピーク値
減衰波形を包絡する線の式は、Exp(ーζt・ω0・t) であり、時定数Tに相当する部分が 1/(ζt・ω0) だから、
遅れTについて
T = 1/(2π・ζt・f0c) (5)
T = Re/(π・Δf・Rp) (6)
T = Q/(π・f0c) (7)
遅れ率 = T・f0c = Q/π (8)
などを得る。
バスレフポートの共鳴による遅れはトーンバーストの応答波形をカーブフィット[1]して求めるのが正確である。遅れ率は波長に対する遅れの割合であり当館独自の指標である。
サブウーファーの音の遅れを測る
いくつか測定したのでご紹介する。インピーダンス特性を測るにはアンプとスピーカーの間に測定回路(抵抗)を挟む必要があるため、アンプ内蔵サブウーファーでは分解が必要。
ヤマハ NS-SW210
裏蓋を開けるとユニットが見える。ファストン端子が刺さっているだけなので、ここを外せば測定回路を挿入できる。
ダクトからケーブルを引き出してインピーダンス測定回路(後述のリンク参照)に接続したところ。
測定結果。破線はカーブフィットに使った理論曲線。f0cの遅れは3.8ms。
f0cの山が歪んでいるのが気になる。
トーンバーストを使って測ったポート共鳴の遅れは37ms(再掲)。f0cより1桁大きい。ポート共鳴は綺麗な正弦波のはず、高調波が乗ってカーブからはみ出している点が気になる。
パイオニア HTP-S333 付属サブウーファー
パイオニアのHTP-S333に付属するサブウーファーは珍しいことにウーファーの結線部が外に出ているので、ここに測定回路を挟んでインピーダンス特性を測れる。
測定結果。f0cの遅れは5.5msec。ヤマハのYSTに比べ遅れが大きい。
トーンバーストを使って測ったポート共鳴(遅れは平均16ms(再掲)。ヤマハYSTの約半分。ここは出力音圧レベルとのトレードオフになる。共鳴音を積極的に出す設計ではなさそう。
測定結果一覧
手持ちのスピーカーについて測定した結果の一覧を次に示す。ついでにポートを閉塞(密閉)にして変化をみた。
表1.各種スピーカーの最低共振周波数と遅れ
機種(口径) | f0c,T,Q0 | ポート閉塞 f0c,T,Q0 |
fd,T |
ヤマハNS-SW210 (16cm) | 100Hz,3.8ms,1.2 | 96Hz,3.7ms,1.1 | 58Hz,37ms |
パイオニアHTP-S333付属 (16cm) | 101Hz,5.5ms,1.8 | 95Hz,4.9ms,1.5 | 68Hz,16ms |
JBL CONTROL 1X (10cm) | 144Hz,2.9ms,1.3 | 132Hz,2.8ms,1.2 | Hz,18ms |
DALI ZENSOR1 (13.5cm) | 99Hz,3.0ms,0.93 | 88Hz,2.6ms,0.72 | Hz,18ms |
CLASSIC PRO CSP6 (16cm) | 142Hz,2.8ms,1.3 | – | Hz,11ms |
JBL S3100 (38cm) | 52Hz,5.6ms,0.91 | 45Hz,3.8ms,0.54 | 28Hz,13ms |
クリプシュR-15M(13cm) | 106Hz,4.1ms,1.36 | 90Hz,2.7ms,0.77 | 66Hz,7.1ms |
注:駆動アンプ:ヤマハ RX-S600(S3100、HTP-S333のみソニーTA-F501)。fdの遅れは立ち上がりと立下りの平均をとった。
遅れ時間に周波数を乗ずると「遅れ率」が計算できる[5]。これは波長の何倍遅れるかを表し、周波数が違う場合でも遅れの大きさを比較できる。表1を遅れ率に換算した結果を次に示す。
表2.各種スピーカーの最低共振周波数と遅れ率(2020/7)
機種(口径) | f0cの遅れ率 |
f0cの遅れ率 |
fdの遅れ率 |
ヤマハNS-SW210 (16cm) | 0.38 | 0.36 | 2.1 |
パイオニアHTP-S333付属 (16cm) | 0.56 | 0.47 | 1.1 |
JBL CONTROL 1X (10cm) | 0.42 | 0.37 | * |
DALI ZENSOR1 (13.5cm) | 0.30 | 0.23 | * |
CLASSIC PRO CSP6 (16cm) | 0.40 | – | * |
JBL S3100 (38cm) | 0.30 | 0.17 | 0.36 |
クリプシュR-15M(13cm) | 0.43 | 0.24 | 0.47 |
結果として次の知見が得られた。
(1)サブウーファーの遅れは世間で言われるほど大きくない。同クラスの小型SPと比べてやや遅い程度。
(2)最大の遅れはヤマハSW210のポート共鳴(37ms)だった。Qも大きく、ポートの共鳴を積極的に利用する設計が伺える。
(3)ヤマハSW210のf0cの遅れは3.8msと少ない(パイオニアS333に比べて)。これがYST(電流FB)の効果かもしれない。
(4)ほとんどのSPでポートを閉塞すると応答が改善するが、容積が小さいSPではあまり変わらない。
25~30cmクラスのサブウーファーを使えば40Hz近辺まで共鳴に頼らない低音再生が可能なはず。サブウーファーはできるだけ口径の大きいものを選ぶのが正解だ。
<参考購入先>
YSTのサブウーファー 口径の大きい機種がお勧め
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<関連資料>
1.減衰をあらわす係数の意味と求め方 小野測器
2.等価回路によるスピーカー低域特性の解析とキャビネット設計法