これなんで売れてるの!?モニターヘッドホン対決 CD900ST vs K240 & SW-HP10s

モニターヘッドホンと言えばソニーMDR-CD900STが有名だ。AKG K240Studioもスタジオの定番というセールストークで良く売れているという。両方入手できたのでじっくりくらべてみた。

AKG K240とソニーMDR-CD900ST

 AKG K240StudioとソニーMDR-CD900ST実売価格は2倍くらい違う。K240は半密閉(セミオープン)、CD900STは密閉型。音にもその特徴[1]が表れている。

 

構造的な特徴

MDR-CD900ST

 ドライバーは口径40mm。正面に穴の開いたプロテクターが付いていて中心が塞がれている(等価直径約15)。これは高域の位相を揃えるためのイコライザーの役目を担う。

 密閉型は基本的にf0以上の高域が出ない。プロテクターの穴は高域の再生限界を伸ばすための共鳴器。これによって一応高音は出るが質は望めない。これは密閉型である限り改善不能な欠点。

CD900STのダイヤフラムとバッフル

 写真はドライバーと周辺バッフルの様子。白い通気性のある部品はドライバー裏側からの空間と繋がる穴の空気の出入りを制限する抵抗材。これでf0付近のピークを調整している。

ソニーCD900STのインピーダンス特性

ソニーCD900STのインピーダンス特性

 インピーダンス特性を見るとf0=85Hz。3.5kHz付近にプロテクターの穴によるヘルムホルツ共鳴のピークがある。10kHzが刺さるという話があるが、これはプロテクターの穴による気柱共鳴の可能性がある。穴のサイズを全部同じにしたのが敗因。

 本機の発売は1989年[Wiki]。元々民生用ではなく、ソニー・ミュージックソリューションズが扱う商品。ソニーのスタジオモニターの2020年現行商品はMDR-Z1000になる。

 長く作られており、すべての部品が国内で入手出来、自分で交換修理できる。プロの現場で高く評価されているのは「音質がいい」からではなく、邪魔にならないコンパクトなサイズと、優れたメンテ性による「同じ音を長く維持できる」点にあると見ている。

 

AKG K240Studio

 ドライバーは口径30㎜。振動板が重いせいか能率がとても低い(CD900STに対しマイナス15dB)。ドライバーの正面に共鳴穴の開いたプロテクターのようなものは見当たらない。セミオープンなので共鳴に頼らなくても高音がそこそこ出る。中心が塞がっているのはイコライザーの役目を持たせるためとみられる。

K240のダイヤフラムとバッフル

 ドライバーの周囲の抵抗材は薄い化繊。丸い部分で裏側と通気している。

AKG K240Sのインピーダンス特性

AKG K240Sのインピーダンス特性

 Qが異様に高い。この値は普通のスピーカーに近い。振動が尾を引かない臨界減衰が0.5なので、それ以上ってことはこのあたりのf特が多少盛り上がっていることが想像つく。

 本機もすべての部品が提供されているが、イヤーパット以外の部品はメーカーサイト[3]のサービスマニュアルを参考に部品番号を調べ、どこかに取り寄せを相談することになる。

 

 


音の特徴

MDR-CD900ST

 密閉らしい籠った音。周波数特性をフラットに調整したスピーカーに比べ低域寄りのバランス。耳元で鳴っている感じで、細かい音が聞こえるが、全体的に濁ってはっきりしない印象。決していい音ではない。「標準だからみんな仕方なく使ってる」そんな本音が伺える。

 装着感は良く無い。長時間かぶっていると耳が痛くなり同時に疲れる。これが仕事をするうえで支障になることがありそう。私も買ってはみたものの、装着感の悪さが気になって、あまり使っていない。

 最近改良された後継機MDR-M1ST が出ている。ハイレゾ対応というが、私にはハイレゾという言葉に不誠実なイメージしかない[4]

 

AKG K240Studio

 インピーダンス特性から伺える通り、150Hz付近がやや強調されたバランスでプラスチックのカップを被せたような独特の響きがある。重い振動板を使った低能率のドライバーから出る音はやや暗いイメージ。

 イヤーパッドを取ってバッフルに触ってみると振動している。低域はストンと落ちていて、30Hz以下は全くといっていいほど出ていない。

 音楽ソースだと気づきにくいが、自分の声の録再ではどうにも変。長年スタジオで評価されてるというが、何について評価されているのか疑問。エージングで変わるという話もあるが本当だろうか。私には、「スタジオで使われている」というセールストークだけで売れている商品に見える。

 本機には中国製とオーストラリア製の2種類あり、音に違いがあるという噂がある[2]。入手してインピーダンス特性を測ればはっきりすると思うが、現在新品で買えるのは中国製のみ。

 


 

やっかいな音の脳内補正

 CD900STとK240Sの音の違いは大きい。かけかえた直後はどっちもおかしな音に聞こえる。しかし聞いてるうちに耳が慣れて違和感が薄れる。耳にその音だけ入ってくる状況を作ると、強調された部分が脳内補正されてしまうらしい。

 この現象を押さえない音の比較はあまり参考にならない。「定量的」にと思っても音の測定は困難。これがヘッドホンの音質評価を難しくしている。

 

視聴の仕方

 ヘッドホンを試聴しにショップに出かけて、とっかえひっかえ聴き比べていると「さっきの印象と違う、勘違いだったかな?」って感じで良く解らない状態に陥るのは脳内補正のせい。

 この問題は、特性がフラットなデバイスから出た音で耳をリセットすることで対策できる。リセットしたのち、最初に聴こえた音の印象が正しい。

 店内ではリファレンスを1個用意する(これをR)とする。視聴対象をA,B,C,D とすると、

R→A→R→B→R→C→R→D→R

の順に聞くとよい。

 


 

第三の選択肢

 もうちょっとマシなヘッドホンはないものか。そう思って探し当てたのがこれ。

SW-HP10s外観

 サウンドウォーリアSW-HP10s。戦わせたら強そうな名前だが、得体のしれない中華製品ではない。れっきとした国産品。ネット上の評判は高いが、私は自分で確認するまで信用しない。

 「どーれ、どんなもんかいな」

音出しして納得。音域のバランスがいい。周波数特性をフラットに調整したスピーカーに近い。低音高音も不足なく伸びていてクセがない。こういう違和感のない音を出すヘッドホンは少ない。ただ密閉型の宿命で共鳴で出てくる音が耳に刺さることがある。

 CD900STと違って、長時間かけていても疲れない。これは使える。

 部品のほとんどがビス止めされていて分解可能な作り。メンテ性もよさそう。CD900STに対し欠点があるとしたら、ハウジングを回転させて片耳モニターができない(ズラせば片耳も一応できる)。外しているとき、パッド同士を合わせておけないことくらい(使ってないとき音漏れする)。

 ハウジングを見ると外装は完全密閉になっている。以前で密閉はダメと書いた[1]が、このバランスのいい音はどうやって作っているのか。下はパッドを外した写真。

SW-HP10sドライバーの連通穴

 バッフルを見ても前後を通気する抵抗材などは見当たらない。パッドに通気性もなく、完全密閉。ダイヤフラムの正面に同色に塗られた金属製のプロテクターがあり共鳴穴が見える(等価直径約20)。中心に穴が開いており、位相等価器の機能はなさそう。

 なにか秘密があると思って見つけたのが矢印部分。ダイアフラム内側に空いてる穴。ダイアフラム内側の空間が2つに分かれて、この穴1つで連通している。ここを流れる空気の抵抗で低音に制動をかけている様子。

 インピーダンス特性は比較的なだらか。一番下の山はf0(ハウジング空間によるもの)、2番目の800Hz付近の山は第1気室(ダイヤフラム裏の空間)によるものとみられる。5kHあたりにある山がプロテクターの穴によるヘルムホルツ共鳴のピークとみられるが、はっきりしない形をしている。

サウンドウオーリアSW-HP10sのインピーダンス特性

サウンドウオーリアSW-HP10sのインピーダンス特性

 Qはダイヤフラム裏の穴の抵抗が強く働いているようで、非常に低い。これによってセミオープンに等しい抵抗制動の動作を実現しているようだ。低域のレスポンスが良く、バスレフ型のラージモニターなどより忠実な再生が期待できる。

 新しく出たソニーMDR-M1ST の構造を見ると複雑であり特性を出すのに苦労した様子がうかがえる[5]。本機はとてもシンプルに穴1個でフラットで自然な特性を得ている。

 


 

結論

 「業界標準だから」という、しがらみが最初からないアマチュアはSW-HP10sをお勧めしたい。音質はCD900STより優れていて観賞に使えないこともない。

 片耳モニターが要るならやっぱりCD900STが無難な選択。HP10sはハウジングが小さいので、片耳をズラして使えないことはない。

 AKG K240Sは選ぶ理由が無い。イメージだけで売れてるのではないか。

 

 

参考:K240のケーブル交換と改造について

 いろんな交換ケーブルが市販されている。ケーブルの抵抗が変わると、上で示したインピーダンス特性のピークが変わる。好ましい方向にもっていくには、ケーブルの抵抗を下げる必要がある。しかし現状の抵抗がいくつで、交換したらいくつに下がるのか、数字で押さえていないと意味のない交換になる。

 ヘッドホンアンプの出力インピーダンスもまちまち[6]。出力インピーダンスが数十Ωある場合、アンプにつなぐケーブルを変える意味はぼとんどない。

 本体は改造の余地がある。出てない低音を増やすためには、密閉度を上げるのが正しい。ドライバーの前後を通気させている抵抗材の抵抗を増やす手が考えられる。同時にインピーダンス特性のピークが下がることも期待できる。

 バッフルが振動してるので、裏側に制振材を貼る(不乾性パテ(ネオシールB-3など)。両方やれば、もう少しマシな音が出るかもしれない。

 

 

<参考購入先>
SW-HP10s ネットの噂通り、いいものです。
MDR-M1ST CD900STのハイレゾ対応版。最近発売された新型です
MDR-CD900ST
AKG K240Studio

サウンドウォーリアには観賞用セミオープンタイプSW-HP100SW-HP300がある。Yahooショッピングで2本同時レンタルして聴き比べ可能。

 

<関連記事>
1.ヘッドホン イヤホンの選び方~密閉タイプでHi-Fi再生は望めない
4.ハイレゾとは何か~少しもハイレゾでないスピーカーの現実
人気のカナル形イヤホン ZERO AUDIO DX200 DX210 DX240を徹底比較する
低音の出ないスピーカを改造する

<参考文献>
2.AKG ( アーカーゲー ) K240 Studio モニターヘッドホン
3.AKGメーカーサイト
5.MDR-M1ST レビュー ヘッドホン + オーディオ回路
6.ヘッドホン端子の出力インピーダンス一覧
サウンドウオーリアメーカーサイト