「家具の転倒対策をしよう」そう思ってネットを探しても信頼できる情報がない。ホームセンターに行けば効果が疑問な商品であふれている。私たちが欲しいのは「安く」「簡単に」「見た目よく」できる方策。当館が考案した震度7に耐える家具の固定方法をご紹介したい。
実行不能な総務省の対策
家具の転倒防止で検索すると商品の紹介で終わっている記事がほとんど。最も信頼できるはずの総務省消防庁[1]を見ても非現実的な提案が多い。
総務省消防庁のサイトでは「L字金具」を使った固定方法が紹介されている。ところが、家具の多くはMDFと薄いベニア板で出来ている。天板はペラペラなものがほとんど。
MDFの家具でビスの利きが期待できるのは左に示す両端部分だけ。この後ろに都合よく強度のある下地があるケースはほとんどない。
つまり総務省消防庁が提案するような「L字金具」を使った固定が出来るケースは、現実にほとんどない。
総務省消防庁には部屋の隅まで横木を渡した例があるが、これは施工不可能。なぜなら、隅の柱の周りには下地が無いため。これは木造住宅の構造を知らない人が考えたものだろう。
気休めにしかならない突っ張り棒
「突っ張り棒」を設置すれば安心だろうか。地震の揺れは1000ガル≒1G を想定する必要がある(後述)。ということは、天地を反転させても突っ張りが変わらずに機能しなければならない。ところが天井は床ほど丈夫に作られていない場合がほとんど。
つまり重い家具に対し、突っ張りは役に立たないと考えていい。
粘着マットは役に立つか
ゲル状の「粘着マット」もある。粘着マットは置物の固定用で、家具の転倒防止に役立つものではない。
実際に効果のある対策を導く
1.転倒荷重を把握する
地震対策では最初に「どのくらいの揺れを想定するか」決める必要がある。地震の揺れは「ガル」という単位で測定されている。阪神大震災のとき木造住宅内部の揺れが818ガルという[Wiki]。これを参考にすると、1000ガル(約1G)が一つの目安になる。
家具にかかる転倒力は、家具の質量と、この加速度(ガル)と、家具の重心位置から計算できる。これを計算した結果を次に示す。
表1 家具の種類と転倒荷重
種類 | 重さ(kg) | 転倒荷重(N) |
高級婚礼家具(和箪笥) | 100 | 500 |
冷蔵庫(500Lクラス) | 100 | 500 |
ダイニングボード(W120) | 50~80 | 165~266 |
食器棚(W60) | 30 | 150 |
重心位置はダイニングボードの場合高さの1/3、他は1/2と仮定した。 設計安全率(転倒荷重/部材の強度)は、動荷重であることや施工や材料品質のばらつきを考慮すると、2.0見ておきたい。
家具の転倒防止のための固定部材は、ホームセンターで適当なものを買う、ではなく表1に示す「転倒荷重」の2倍に耐えるものを選んでおきたい。重量級の家具では、最大1000Nみておく必要がある。
2.固定方法の検討
L字金具は使えないので、「ロープ」「チェーン」などを使う。この部材を使って家具を固定する方法には、下図のように4パターンある。
Aは良く見るが、横方向の揺れに対し安定しない。
Bはどの方向に対しても安定する。横方向の揺れでは1本のロープに全荷重がかかるので注意。
CはBと同じ。家具の中央にしか下地が無いケースに有効。下地の位置に応じてBと使い分ける。
Dは家具が安定しない上、手前にビスが打てない場合が多く実用的でない。
通常はBまたはCを採用し、設置状況に応じてB+A、C+Aとするのがよい。
3.固定部材の検討
ロープやチェーンを使って、どうやって壁と家具を結びつけるか。ここはアイストラップという部材を使うといい。
ロープの結び方はいろいろあるが、技量が必要であり素人施工では信頼性が確保できない。そこでインシュロックを使った方法をご紹介したい。これは技量や力を必要としないで確実に結べる方法のひとつ。
ロープとアイストラップの締結はインシュロックを使って写真のように結ぶ。これで、誰でも簡単にロープをピンと張った固定ができる。
写真はこの固定による強度を検証するために作った実験モデル。
注意点はコブが抜け止めの要になるのでコブをしっかり締めること、インシュロックは品質の良いものを使うこと(100均の商品はNG)。
実際に必要な部材のリストは次の通り。すべてホームセンターで入手できる。見た目や価格、端末処理のしやすさを考えるとロープがお勧め。家具1つにつき、この固定部が4箇所必要で材料費は総額1000円程度になる。
表2 固定部材の強度(公称値)と参考価格
部材 | 型式 | 強度(N) | 価格(参考) |
ロープ | クレモナ3打 5mm以上 | 2840 | 60円/m |
固定金具 | アイストラップ IS-5 A-085 | 3250 | 168円 |
ビス | サラタッピングビス4×30以上 | 620以上(12tヒノキ) | 10円/本 |
インシュロック | 幅3.6mm以上 | ” |
アイストラップの強度はSUS304(引張強度520Mpa)を元に計算で求めた。ロープは3mmでも強度的に持つが、伸びるので荷重がかかる家具には5mmのクレモナかポリエチレンなどの樹脂ロープ使う。
アイストラップを使った固定部の強度は、写真のモデル※で620Nまでの引張力に耐えることを確認済み(破断荷重は荷重がかけられないので不明)。ボトルネックは木材(ビスのねじこみ深さ)で決まる。モデルの木材では12tしかないが、間柱にねじ込んだ場合はこれが十分深くなって1000Nに十分耐えると考えられる。
※12t の無印ヒノキ板、アイストラップ(IS-5)、ビス4mm(下穴3mm)で固定
4.下地の強度を調べる
家具の後ろに都合よく間柱がない場合、「胴縁」を下地に固定しなければならない。これは間柱より強度が低い。そこで、これが下地として使えるのか検討してみた。
計算は梁の中央に荷重がかかった場合を想定。ヒノキの強度はE110( 38.4N/mm2 国土交通省告示第1024号第3)を基準に用いた。
表3 下地(胴縁)のサイズと期待できる強度
サイズ | 強度(N) | 備考 |
45×12t | 364 | 参考 |
45×15t | 570 | 胴縁 |
45×20t | 1012 | 胴縁 |
胴縁は通常15t 以上。表から、胴縁を下地とする場合は、間柱の間で1箇所とすれば問題なさそうなことがわかった。
施工事例
左に固定の例を示す。30度以下の角度は消防庁の指針に準じている。実際はクレーンの玉掛け同様、45度以下であれば問題ない。
下地の存在は下地センサーでわかる。壁から最初の間柱までの距離は、柱が□105、石膏ボード10t(クロス含む)、胴縁16mmとすると
455-105/2-10-16 ≒ 377mm
である。
柱が見つかればそこから455mmピッチ(377,832,1287)で柱があるとみていい(メータモジュールの場合は別途)。
ビスを打つ場合は周囲の下地を確認し端っこにビスを打たないよう注意。
和箪笥や大型冷蔵庫など100キロクラスの重量級家具は間柱に対して次のように固定する。
一般的な家具の固定方法。胴縁が固定に使える為自由度が高い。胴縁の固定は間柱の間1箇所までとする。
家具が隅に置かれている場合はAとBを組み合わせてタスキがけの1方(動かない方向のロープ)を省略する。
ロープは3mmを使用。軽量低背家具は5mmのロープだと目立つので3mmでもよい。家具に合わせて色をつけてある。
壁側の固定部。先端のほつれ止めにインシュロックを使うとき主ロープと共締めしたほうが見た目がよくなる。ポリエチレンなどの樹脂ロープはライターで炙ってしまえば良い。
タスキがけする際の先端部はロープで環つくり金具を通して締める形にすると綺麗に仕上がる。
<参考購入先>
下地センサー 電子式とピン式の両方あると便利です
アイストラップ B-085(IS-5)
ホームセンターの在庫は足りないことが多いので通販のまとめ買いをお勧めします。
クレモナ金剛打
皿タッピングビス ネジ山に固形石けんを塗ると摩擦が減って施工しやすくなります。
インパクトドライバー 施工は電動工具がないとかなり厳しいです。工具はよい物を。
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<参考文献>
1.総務省消防庁の家具転倒対策