あなたの知らない龍安寺 石庭の秘密~仕掛けは建物に入った時から始まっていた

龍安寺の石庭といえば京都の修学旅行で必ず通る観光スポット。ほとんどの人が「石庭だけ」眺めていると思う。

 

石庭の感動は何処にあるのか

 下は石庭の写真(2020年3月)。龍安寺のメインディッシュ。いろいろ計算されて作られているというが、縁側に座って眺めていても、正直あまり感じるものは無い。縁側や廊下から横に見る物ではないようにも思う(対象に近すぎて視界に収まらない)。

 私はここに来るといつも感動を覚えるが、それは石庭を眺めた時ではない。

龍安寺の石庭

 

 下は石庭への入り口から見た景色。入口をくぐると、この景色がぱっとまぶしく広がる。私にとって、ここが感動の瞬間。石庭の他にいろんなものが同時に目に入る。

龍安寺の石庭縁側付き

微妙に湾曲した軒
柱の本数とサイズ
縁側と廊下の寸法比、幅
真っ白な石庭
遠くに連なって見える屋根付きの壁

 これらが計算されて作られているよう見える。つまり石庭とは、白いお庭と土壁のセットではなく、これらを含んだ全体で構成される。

 もし廊下の幅がもっと狭かったら、柱が2本でなく3本あって石庭を分断していたら、柱がより太かったら・・ここまでの感動はないと思う。

 

 

知らないうちに仕掛けに乗せられていた!?

 これだけではない。私が見るところ、石庭の感動を高めるための仕掛けが、石庭に入る前から仕組まれているように思える。

 石庭に至る屋内の空間には窓が少なく、暗く作られている。建物に入り、下駄箱に靴を入れて歩いてる間に目の瞳孔が開く。石庭への入り口は、決して広いとは言えないサイズで出来ている。そこを通り抜けると、ぱっと眩しい景色が開ける。

 暗い通路を一定時間歩かせたのは、石庭の白を眩しく見せるため。狭い入口を通らせるのは、続けて見せる空間をより広く見せるため。つまり、建物に入って下駄箱に靴を入れたところから仕掛けに乗せられていたというわけ。すべては石庭をより感動的に見せるための工夫ではないか。

 

 

油土壁の謎

 

龍安寺の石庭屋根拡大

 石庭の裏側から土壁の屋根を見たところ。大きな建物の屋根に見えるが実は小さい。大きく見えるのは、屋根が薄い木片を重ねて作られているため。

 この屋根は過去何度も葺き替えられている。1951年に瓦葺になり、1978年に今の柿葺になっている[3]。オリジナルがどんなだったか不明だが、今のような形だったとすれば、建物をミニチュアに見せる工夫と考えることができる。

 つまり作者はこの土壁を遠くにある建築物に見せたかったのかもしれない。

 

龍安寺の石庭土壁

石庭の裏側の壁。油土壁はこのサイトで何度かご紹介している乾性油[1]を使ったものらしい。化学的に安定で劣化しにくい特徴がある。

 

維持管理の様子

 

龍安寺の庭を手入れしている様子

石庭の裏手にある庭。木酢液の水溶液を噴霧している。聞くと、殺菌消毒と、土壌細菌を活性化させるためという。苔生した岩や庭の土は、自然にできたものではなく、このような日頃の維持管理の上に成り立っているようだ。

 

龍安寺の竹製手すり

石庭に続く階段の竹の手すり。金閣寺同様、本物が使われている[2]。竹は長持ちしないので定期的に交換しないといけないが、ここは本物を使うしかない部分。もし樹脂製のものを使ったら、龍安寺の魅力は半減してしまうだろう。

 

 

仁和寺との比較

 

仁和寺の庭

 写真はお隣の仁和寺の庭。石庭っぽいが、縁側と廊下の寸法比、廊下の幅、柱の数などが龍安寺と違うことがわかる。遠くに見える壁と屋根瓦のサイズも普通。こうなるともう、ありふれたお庭にしか見えない。

 床も龍安寺と違って節だらけの床材が使われている。なので・・

 

仁和寺の節穴

このような節穴が所々にある。「お前の目は節穴かー」の語源となった現物を見ることができる。昔は普通に見られた造形だが、近年ほとんどみかけない珍しい観光スポット。京都に行ったら龍安寺とこの節穴を、じっくり堪能いただきたい。

 

石庭に意味はあるのか

 「石の配置に何か意味がある」「作者の想いが込められている」そんな話があるが、私は何もないと思う。

 石庭の基本は白い砂利と三尊石(大小3つの石のセット)。広い庭では三尊石のセットが複数配置されるが、全て3個だと違和感があるので、一部のセットについて適当に数を変える。

 そして、そのセットを全体として違和感が無いよう分散配置する。いろんな角度から見て、石の向きや配置を微調整していく。「まあ、こんなもんかな」と思ったところで完成。これは一般的な美術作品を作る過程と同じ。

  もしそこに意味を持たせようとすると、配列に何らかの「歪み」を生じるはず。私が配列を見た限り、美的センスを逸脱した歪のようなものは見当たらない。このことから、何も無いと考えられる。

 「どこから見ても1つだけ見えない石がある」という話は「たまたま」だろう。3つの石を寄せて置けば、そういう結果になるのは普通にあり得ること。

 つまり石庭に特別な意味など無く、一般的な解釈を越えるものではない。「まあこんなもんか」で作られたというのが、 本当のところではないか。

 

自宅にある一坪の石庭

 写真は自宅に作った石庭。溶岩の三尊石で構成され、ヤマモミジ、クロチク、アオキなどの植物がある。石選びからレイアウトまで、自分でやってみた。写真はお風呂場の窓から撮ったもの。左手にリビング、正面に玄関があって、3方から眺めることが可能。

 石に苔を付けようと試みたが、毎日根気よく水をやる必要がある。私には無理と判断し断念した。

 

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