ミジンコの永久プレパラートを作る1~白濁,気泡不良の意外な原因

 写真は30年以上前にバルサム封入して作った永久プレパラート。気泡が入っているものと、そうでないものがある。当時の市販品(プリンス光学製)も9割に気泡が見られる。気泡が入っていないものは、良好な保存状態にある。今頃はとっくに土に還っているはずの有機物が保存されていることに驚きと感動を覚える。現代ではいろんな封入剤があるが、バルサムは長期間の保存に確かに有効だ。

 DSC00070a DSC00071a

 

 それにしても、なぜこのような気泡が入るのか。気泡が入ると永久プレパラートが台無しになる。この原因について、当時小学生だった私はアルコール脱水後のキシロール置換を省略した為と考えた(当時のビクセンのプレパラート作成手順には、最後にキシロール置換せよとあったがキシロールそのものが入手できなかった)。

 プレパラートが気泡で不良になる要因に脱水不良と水分の混入が考えられる。アルコールなど揮発性の溶剤が浸みた試料をスライドグラスの上に乗せると急速に乾き、気化熱で冷えて結露する。完全に脱水したはずの試料が白濁したり気泡で不良になる原因のほとんどはこの結露。揮発の遅い溶媒に置き換える意味でも、アルコールのキシロール置換は重要といえる。

DSC00003a

 脱水が完璧でもキシロールにアルコールが多く含まれるとアルコールが急速に乾燥し、結露水を取り込んで白濁する。

 

DSC00036a 写真はキシロール(キシレン)、ホルマリン、硫酸銅。薬局で取り寄せる。
 これらの扱いは保護メガネ、手袋、マスク、排気装置などが必要。廃液の適切な処理も必要になる。
 永久プレパラートはこのような薬品を使わないと出来ないところが課題。薬品の取扱いが危険すぎて、素人が趣味で手を出せるものではない(ちなみに私は毒劇物の取扱資格を持っています)。

 

 

 

【試料の対象】

 今回永久プレパラートにする対象物はミジンコ。甲殻類なので固定や染色、脱水に時間がかかる。ミジンコの永久プレパラートは難しい対象物の一つかもしれない。

100per 水あめ20150531102906a写真は文献1 を参考に酢と水飴だけで作って失敗した例。酢で手足がバラバラになり、水飴で収縮し無残な姿に。

 予備実験の結果、ミジンコに対し糖類、酢酸、グリセリンを使うと収縮や損壊が起こることがわかった。薄い濃度から始めても時間が延びるだけで同じだった。

 

 

 

【プレパラートの工程】

 封入をバルサムにするか、グリセリンゼリーかで異なる。それぞれ次の工程が考えられる。ミジンコのバルサム封入の工程は次のようになる。

1.固定 
2.脱水1
 染色液のアルコール濃度の手前まで脱水
3.染色
4.水切りして脱水の続きを再開。最後は無水アルコール→完全無水とする。
5.キシレン透徹
 アルコールをキシレンに置き換える。水切り→キシレン1分→水切り→キシレン1分とする。
6.封入
 キシレンごと封入剤に落とす→予備乾燥(キシレンを減らす)→スポイトで吸い取ってスラドガラスに乗せ封入

 

 脱水が不十分だとキシレンを入れたときに白濁して失敗する。事前に少量取り出してキシロールを滴下しテストするといい。不十分な場合はアルコールを交換して再度浸漬する。
 ミジンコのハンドリングはスポイト以外使えないため、どうしても元の溶液が混じる。出来るだけ元の溶液を次の工程に持ち込まないためには水切りが必要で、これは茶漉しの球面を上にしてスポイトでミジンコを乗せて水切りし、ひっくり返して新しい溶液をかけて落とす方法で対処した(後述)。
 封入の際は封入剤に試料を落としてからスポイトで吸い取りスライドガラスに置く。揮発性の溶剤が少量になる状態を作らない(結露させない)ことがポイントになる。

 

 グリセリンゼリー封入の工程は次の通り。

1.固定
2.染色
3.50wt%グリセリン浸漬
4.封入
 封入液を軟化させて浸漬→スポイトで吸い取ってスラドガラスに移す

 試料内部も同等の液で置き換えてから封入する。封入の際はいったん軟化させた封入液に浸漬してからスライドガラスに移す。スライドガラスの上で全部やろうとすると気泡が入ったり、試料がズレたりして失敗しやすい。
 ミジンコはグリセリンに触れると形が崩れるためこの封入法は使えないと思われる。

 

 

【試料の固定】

 水生生物の固定はホルマリン液のほか、Davidson液やシューガホルマリン液も使われる。レシピはそれぞれ次のようになる。

・10%、20%ホルマリン液[2][3]
 ホルムアルデヒドの濃度でないことに注意。局方ホルマリンを10倍または5倍に希釈したもので代用できる。ミジンコをアルコールに入れると手足が縮んでしまうが、ホルマリンで瞬殺すると手を開いた状態の検体が得られる。
 ホルマリンは1時間あたり1mm浸透するので浸漬時間は2時間前後が適当。8時間あたりから損壊が始まり時間と共に形が崩れていくので長時間の浸漬はできない。

 

・Davidson液[4][5]
  無水エタノール : 局方ホルマリン(37%ホルムアルデヒド) : 氷酢酸 : 水=33 : 22 : 12 : 33 (容積比)

 Davidson液の成分はホルムアルデヒド8%、エタノール33%、氷酢酸11.5%。ここから混合比を求めると上記のように切りの良い整数比になる。少量の場合は重量で計量した方が作りやすい。この場合の混合比は 42 : 20 : 11 : 33 になる。
 ミジンコに対しては「酢」より良好だが上記ホルマリン液の方が形崩れしにくい。

 

・シューガホルマリン液
  ホルマリン(4~10%)液 + ショ糖(4%~飽和)

 シューガホルマリン液のレシピは文献によりマチマチ[6][7][8]。ショ糖(≒グラニュー糖)は常温で65wt%くらいまで溶けるので、10%ホルマリン液(4%ホルムアルデヒド)100mlに100g溶かして50wt%とするとよさそう。
 水飴がダメだったのと同じく、この液もミジンコの収縮が起こる。糖類はミジンコの封入には適さないようだ。

 

【染色】

 酸性フクシンのアルコール水溶液を脱水工程の中で使う。酸性フクシンのアルコール水溶液はクリエイティブ九州から通販で入手できる。これは95%アルコール溶液なので脱水工程の最後で使う。

 染色液はビクセンのセットが市販されている。一通り試した結果、ミジンコはサフラニンO、アセトカーミン、メチレンブルー、エオシン、ニュートラルレッドなどで色づくが、メチレンブルーを除き脱水工程でほぼ完全に脱色されてしまう。ビクセンの染色液はすべてミジンコに使えないことがわかった。

 また、せっかく染色がうまくいっても紫外線で退色、脱色してしまうことがある(酸性フクシンで染色した標本を窓際放置したところ、1年くらいで完全に脱色してしまった)。染色液も、プレパラートも、冷暗所に保管することが大切だ。

DSC00043a

 

【脱水】

 バルサムで封入する工程では試料の水分をアルコールで置き換える必要がある。脱水工程ではアルコール濃度を徐々に濃くしていくが文献10 のように濃度の違う溶液をいくつも作り置きする方法と換水による方法[11]がある。後者の場合以前アクアリウムのカテゴリで紹介した1/2換水法でやれば作り置きは必要なくなる。これは次の手順で換水と補充を行うことで実現できる。

1.水に無水アルコール入れて50vol%溶液を作り所定時間浸漬する
2.1/2を捨てて、無水アルコールを元の量まで入れ所定時間浸漬する(これを4回繰り返す)
3.最後に無水アルコールに浸漬し、完全無水アルコールで仕上げる。

この方法によるアルコールの濃度変化は下のようになる。従来法(50%→70%→80%→85%→90%→95%)も記載した。ちなみに40%換水(最後だけ50%)とすると従来法に等しい濃度曲線になる。

 ミジンコの場合は2/3置換2回(66% 1分→89%5分→酸性フクシン)としたのち、無水アルコールに移行して問題なかった。

kansuinoudo DSC00040a

 

右は1/2換水法で脱水している様子。100均の製氷皿を利用し3ml捨てて3ml無水アルコールを追加していく。分量は厳密でなくてもいい。空いている場所に水を3ml、6mlを入れておいて水面の目安にするとやりやすい。

 

 少量のアルコールを乾燥させると結露して水分が混じる。無水アルコールに移動するときの水切りは下の写真のように茶漉しを使う。スポイトでミジンコを乗せて水切りし、ひっくり返して新しい溶液をかけて落とす。結露が起きないよう手早く作業する。茶漉しに残ったアルコールはすぐに拭き取り、結露水もよく乾燥させ次の工程で水分が入らないよう注意する。

DSC01029a DSC01030a

 

【封入】

 封入はカナダバルサムのほか、水飴、グリセリンゼリーなどがあるが上述したように水飴とグリセリンはミジンコに使えない。
 カナダバルサムは乾燥は遅いのが欠点。ミジンコのように厚みのある試料では周辺から空いてくるので補充も必要。キシロールが飛んでからの乾燥がとても遅く、指蝕乾燥に数日、内部まで完全に固まるのに1年以上かかると見られ気泡で脱水不良に気づくのは相当先になる。

 最近はオイキット(EUKITT) という封入剤が入手できる。中身はポリメタクリ系の樹脂ガラスをキシレンで2倍程度に薄めたもの。キシレンが飛べば乾燥完了なのでバルサムより速く固まりヒケも少ない。バルサムと同じように使えるほか、硬化物はバルサムより堅牢で溶剤にも溶けにくい。アルコールには溶けないので注意。レンズの補修にも使えそう。

 ミジンコは厚みがあるので、封入液を多目に滴下してカバーガラスをかける。封入後、カバーガラスをずらしたり、かけなおしするとミジンコの触覚が不自然に折れ曲がる。出来る限りいじらないのがコツ。

 

 

mijinko1ab mijinko5 400ab

 完成写真。脱水工程で脱色された失敗作。ミジンコを封入すると透明になってしまう。染色しないと構造がよく見えない。

 

<関連商品>
オイキット バルサムの代替に使える封入剤
プレパラート 完成品や製作キットなど沢山の商品があります
プレパラート保存ケース 光を通さない木製のものがいいです

<計算ワークシート>
noudocal アルコール脱水や複数の薬剤を混合するときの濃度計算に便利なワークシートです

<関連記事>
新しい魚の水合わせ

 

 


 

【完全無水アルコールの作り方】

 完全脱水するため完全無水アルコールを作ってみた。脱水工程の最後に使う。このレシピは文献9,11 を参考にした。
 まず硫酸銅の無水物を作り、無水硫酸銅に無水アルコールの水分を吸わせて完全無水アルコールを得る。

DSC00027a DSC00028a

写真は硫酸銅をオーブントースターで加熱して無水物を作っている様子。温度設定を250℃にして放っておいたら表面が焦げてしまった。出来上がりも少し青っぽい。ネットで調べなおすと150℃くらいが適当だったらしい。いずれにせよよく攪拌しながら過熱する必要がある。

DSC00030aアルコールを注ぐと濁るが、一晩静置すればで透明になる。

 

 

 

【グリセリンゼリーの作り方】

ゼリーの基材はゼラチンを使う。腐敗防止のためフェノールやホルマリンが使われるが、ヨードチンキやうがい薬、砂糖などで代用し自由に作られているようだ。Kaiser法[1]を参考にした現代版のレシピは次の通り。

(1)粉状ゼラチン7gを 水42mlで膨潤(2hr)
(2)グリセリン 50gと防腐剤を投入
(3)電子レンジなどで沸騰しないよう加熱し混合

 

 防腐剤はKaiser法だとフェノール0.55wt%。代替候補は、10%ホルマリン(4%ホルムアルデヒド)、イソジンうがい薬(ポビドンヨード7wt%)、ヨードチンキ(ヨウ素3wt%)、ショ糖。それぞれの投入量は次のようになる。イソジンとヨードチンキは色付くので0.1%とした。

10%ホルマリン12.5g、水30mlに変更 (0.55wt%)
イソジン 1.4ml、水41ml (0.1wt%)
ヨードチンキ 3.3ml、水39ml (0.1wt%)
ショ糖 42g、水42ml (ショ糖は事前に水に溶かしておく)

 

 外周をカナダバルサムやパラフィンバルサム[1]などで封じれば永久プレパラートにもなるようだが果たしてどうか。ゼラチンの代わりに寒天を使う事例がみられるが透明度が悪く検鏡に適さない。

 

 

<参考文献>
1.プレパラートの作製(封入剤等の情報)
2.病理組織学的検査 ~適切な固定とは~
3.(株)共同病理 各種固定法
4.成長に伴うオニテナガエビ造雄腺の組織像の変化 2010 年度神奈川大学総合理学研究所共同研究助成論文
5.ホルマリンだけでは固定されない 中央水研ニュースNo.25(平成12年12月)
6.動植物プランクトン調査編 河川環境データーベース
7.III.生物 霞ヶ浦データベース 測定方法
8.モニタリングサイト1000 陸水域調査 湖沼調査マニュアル
9.たのしいコナラジラミの試料づくり
10.固定・包理の基礎のノウハウ
11.構造細胞生物学のための電子顕微鏡技術 1. 基礎技術としての超薄切片法