ドラムやパーカッションの生音には迫力がある。しかしスピーカーの再生音にはそれがない。特性がいくら良くても生音と「かけはなれた」音しか出ない。これこそ現代のスピーカーに一番欠けているもの。この謎を考察し、生音に近い音の出るスピーカー選びのポイントをご紹介する。
スピーカーが生音にほど遠いのはなぜか
ドラムやパーカッションから出る音圧の変化はとても鋭い。皮膚がビリビリ震え腹にズンズン響くのは、その音圧(気圧の変化)が体にぶつかってくるため。人間の体には身体共鳴があり、その周波数は体の部位によって違う。腹部の共鳴周波数は500Hz付近である[5]。
生演奏の感動を再現するにはこの身体共鳴の再現が不可欠であり、それには生演奏と同じ音圧を十分な低歪で出せるダイナミックレンジの広いスピーカー[1]が必要になる。原理的に身体共鳴が得られないヘッドホンやイヤホンは、そこでどんなにいい音を出しても決して生演奏の感動は得られない。
スピーカーのダイナミックレンジは、スピーカーの能率に比例する[1]。能率は振動板が軽く、口径が大きく、駆動力が強いほど(磁気回路が強力なほど)良い。方式も音を四方八方に散らす音場型より、音の塊を直接ぶつけて来るホーン型が有利である。
ドラムをそれらしく再生するには50Hzあたりからキッチリ再生する必要がある。ここで問題になることに、共鳴(バスレフ、室内定在波)による音の遅れがある。ワンテンポ遅れて聞こえることがあるのは、このせい。
生音の音圧はどのくらいか
いろいろな資料を総合するとピークで109dB。これをリスニングポジションで再生できれば良い。詳しくは関連記事8を参照。
生音の再現に適したスピーカーの候補
能率の高いスピーカーはダイナミックレンジが広い[1]。微小信号によく反応し、生音に近い音圧を低歪で再生できる。これが、
「クリアで鮮明」「打てば響く」「音離れがよい」「生々しい」
といった特徴になる。かつて隆盛したジャズ喫茶も、このような音でお客を魅了させていたに違いない。
長岡鉄男氏の作品に能率101dBのスピーカーがある(PA-2 1985年)。
試聴の結果についてこうある(一部抜粋)。
「壮絶、圧倒的。メーカー製のシステムでは絶対に聞けないショッキングなサウンドだ。ものすごく音離れが良く、全域にわたってスピード感がある・・・このスピーカーの音は、超音速、というよりは超高速で飛んでくる感じがある・・・音圧の衝撃力はたいへんなものだ。直径1mのフライパンでガーンとひっぱたかれる。そんな感じである」
但し、能率を優先した結果、周波数特性が犠牲になり音色にクセがある。「ソースによってはちょっと落ち着けない」とコメントされている。
口径の割に能率が高いスピーカーを見える形にする
長岡鉄男氏の能率101dBは文句なしに高い。しかし口径の割に能率の高いスピーカーがある。例えばクリプシュのR-14Mは10cm口径で90dB。これは能率が高いといえるのだろうか。
下のグラフは、口径と能率の関係を示したもの。
オレンジのプロットは、高域の再生にホーン型ユニットを使った、能率が高いとされるスピーカー。オレンジのボトムを繋いだ線を高能率のボーダーラインとし、そこから-3dBのところを中能率のボーダーラインとした。
このグラフから、10cm口径のクリプシュのR-14Mは高能率スピーカーの一員であることがわかる。生々しい音で多くの人を魅了した 2S-305 (ダイヤトーン 1958年発売)も、相当な高能率スピーカーだった。また、冒頭に紹介したPA-2は30㎝口径×2(42cm相当)で101dBの位置にあるとんでもない高能率SPである。
生演奏の再現はオレンジの線が目安になる。この線から上のスピーカーを選べば、一般的な半導体アンプでもそれらしい音圧を出せる。オレンジの線は右肩上がりだが、小型SPは近づいて聴けるので近づけば結果的に同じ音圧になる。部屋のサイズや試聴距離に応じて適切なスピーカーを選んでほしい。
線の下方向に候補を求めると3dBごとにアンプの出力が2倍必要になり、スピーカーの歪が同時に増えて良質な音を得にくい。生演奏の感動を求めるなら、少なくとも水色の線から上が候補になる。
高能率・低能率の利点と欠点
高能率スピーカー
(利点)
・大音量を低歪で再生できる
・微小な信号によく反応する
・アンプの出力が小さくて済む(アンプにお金がかからない)
(欠点)
・低音が出にくい(振動板が軽い為)
・周波数特性にクセを生じやすい
低能率スピーカー
(利点)
・周波数特性をフラットにしやすい
・重低音が出る(振動板が重い為)
(欠点)
・重鈍で暗い音質※
・大音量再生が苦手(歪が目立ち、うるさく感じる)
・大出力アンプが必要(アンプにお金がかかる)
※:昔、10cmフルレンジ(FE-103)のコーンにJBL LE-8Tを真似てパテを塗ったことがある。パテを塗り重ねるほど能率と引き換えに低音が良く出るが、元気で明るい元の音色とは程遠い、暗くぼんやりした音に聞こえた。
高能率スピーカーの欠点をカバーする手段は次がある。
・低音が出にくい →サブウーファーを追加する
・周波数特性にクセを生じやすい →周波数特性がフラットな機種を選ぶ
高能率SPは能率を優先した設計で周波数特性が犠牲になっている製品が多い。そんな中にも特性に配慮した機種がある。こういう商品を選び、不足する低域をサブウーファーで補うことで、音質的に満足いくシステムを作れる[1]。
遅れ率で応答を評価する(2020/7/14)
腹にズンズン響く低音を再生するには、応答のいいスピーカーを選ぶ必要がある。バスレフは応答が悪く、群遅延にそれが表れる。
ところが、群遅延が同じ数値でも周波数によってその影響が違う。1/30secの群遅延は30Hzにとって1波長の遅れに過ぎないが、90Hzの1/30secは3波長の遅れになるため同列に比較できない。周波数に関係なく同じ土俵で遅れを評価できる指標として、次を提案したい。
遅れ率(遅延率)=群遅延×周波数
群遅延はインピーダンス特性のピークで最大になることから、その時定数を求めてこれを使うのが簡単である[6](ピークの時定数は同じポイントの群遅延に等しい)。
なお、理想的な密閉型システム(Q=0.7)の遅れ率は、0.7/π=0.22であり[2]、これが比較基準になる。違和感を生じないバスレフの遅れ率の上限は、0.6程度とみられる。
周波数全域の群遅延は音を入力(スピーカー端子電圧)で割った伝達関数の位相から求められる。この測定値にはスピーカーから出た音がマイクに到達するまでの音速による遅れや、レイテンシ(測定系の遅れ)など、周波数に依存しない一定の遅れ時間が含まれるので、これを差し引く必要がある。
ツイーターの遅れ率の測定例(参考)
下の図はJBL S3100のツイーター正面特性のインパルス応答(Lch=スピーカーの入力電圧、Rch=ツイーターの音圧)から群遅延(一番下左)と遅れ率(一番下右)を計算した結果。振動板とマイクの距離205㎜を補正してある。高域に関しては、10kHzまでほとんど遅れ無しで再生できてることがわかる。
理想的なホーンスピーカー(2019/1/16)
コーン型やドーム型は振動板の質量を負荷として駆動するため質量が応答に影響するが、ホーン型は振動板の前にある空気を負荷として直接駆動するため、周波数特性に振動板の質量があまり関係しない。そのため軽い振動板を使い、強力な磁気回路と組み合わせて応答を極限まで高めることができる。
応答に優れ、低歪で大音量を出せるホーン型は、生演奏を再現するために適した方式である。
<詳細>
文献 1によるとホーンスピーカーの応答を示す時定数はf/fc>5でほぼゼロになる(fc:ホーンのカットオフ周波数)。実際はf/fc>5でもコイル時定数と振動板の質量が応答に影響するが、軽い振動板と強力な磁気回路を使うことで遅れを小さくできる。
参考:過去の高能率スピーカー
能率を高めるうえではホーン型が有利だが、民生用の高能率システムは過去を振り返ってもあまりない。
一つは図1にプロットした三菱電機2S-305、テクニクスSB-E100、外部イコライザーを使う前提でONKYO グランドセプター GS-1(28cm×2,100dB)、パイオニア S-HE10(25cm×2 98dB)、パイオニアのS-HE100(25cm×2,96dB)などがある。
テクニクスのホーン型SPラインナップ(1980年頃のカタログ)で、ちょうど平面SPがブームだった頃。
左上のSB-10000は46cm,95dB。右のSB-E100の方は30cm,95dBである。
<関連商品>
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<参考文献>
1.特開平05-064283 ホーンスピーカー,パイオニア