機械式時計をオーバーホール不要にする

 機械式時計は定期的にオーバーホール(OH)することで性能が維持される。OHが必要になる主因は潤滑油の劣化。それは仕方のない事と考えられてきた。現代は優れたオイルがある。OHの主因が油の劣化なら、そこを見直せば機械式時計を生涯メンテナンスフリーにできるかもしれない。

 

定期的なオーバーホール(OH)はなぜ必要なのか

 機械式時計は定期的にオーバーホール(OH)することで性能が維持される。OHでは分解清掃を行うが、それが必要になる大きな要因に潤滑油(オイル)の劣化がある。

 時計は発明されてから長い年月が経つが、そこに使われるオイルには、今も時間が経つと酸素と反応して変質する(粘度が上昇したり、乾いたり、固まってしまう)ものが使われている。

 

オイルの安定性を比較してみる

 時計用オイルの安定性を他の油種と比較すると次の順になる。

動物油<シリコン油<PAO※<フッ素油

※:20年ノーメンテを実現したシチズンA0オイルが商品化されている。

 動物油は古くから時計用オイルの基油に使われているという。粘度の温度に対する安定性には次の関係がある。

動物油<PAO=フッ素油<シリコン油

 シリコン油は温度に対する安定性が高いが、表面張力が小さく拡散しやすいためグリースの形でしか使えないようである。

 

業界のスタンダードMOEBIUSの成分

 時計用オイルはMOEBIUSが業界のスタンダードと目され広く使われている。私が見るに、このオイルはそれほど良くない。例えばMOEBIUS 9010の組成はMSDSから読み取れる。これによると、次のようだ。

アルキル-アリルオキシジブチレングリコール (基油)
アルキルフェノキシド (1.6%)
6-tert-ブチル-4-メチルフェノール (1%未満)
ジオクチルフォニルアミン
バリウムスルホネート
ジアルキルジチオりん酸亜鉛
青色染料

 要するにグリコール油(肌の保湿油のようなもの)に界面活性剤、酸化防止剤、防錆剤、着色料を添加したもの。おそらく古くから使われてきた動物油脂の代替を目指して作られたのだろう。酸化蒸発する欠点も受け継いでいる。

 

なぜ劣化するオイルが使われ続けるのか

 今ではMOEBIUSより劣化しにくいオイルがたくさんあるが、なぜ今も劣化するオイルが使われているのか。

 それはたぶん、劣化しないオイルを使ったらオーバーホールの需要が減り時計職人の失業が増えるから。劣化するオイルになっているのは時計産業のアフター市場に配慮したのかもしれない。

 MOEBIUSにはもう一つ欠点がある。粘度の温度安定性がいまひとつのため、粘度の異なるオイルを3種類以上使い分けねばならないことだ[1]。低粘度のオイルは流失しやすく、高粘度のオイルは固化しやすい。ほとんどの不具合はこれに起因している。

 MOEBIUSにはプラスチックやゴム部品に影響があることも報告されている[1]シチズンのAOオイルはこのような問題を嫌いPAOを基油に新たに開発したものだという。

 

フッ素オイルに注目する

 先の比較順の中に「フッ素油」がある。これは真空や宇宙で使える超高性能オイルで、常温では半永久的に変質や蒸発しない。表面張力が比較的大きく広がりにくいためエピラム(拡散防止)処理も必要ない。

 一度フッ素油を注油すれば蒸発も拡散も変質もせず、そこでずっと潤滑を維持し続けるに違いない。油切れしないので摩耗も心配ない。これを使えば3~5年といわれていたOH周期が大幅に伸びる。もしかしたら一生OHしなくて良くなるかもしれない。

 フッ素油が時計に使われた例はまだないようだ。機械式時計は3~5年ごとにOHが必要で、消費者もそれが当たり前として受け入れてきた。フッ素油はそんな業界の常識を打ち破れるかもしれない。

 MOEBIUSのように何種類ものオイルを場所や素材に応じて使い分ける必要がない。クオーツなら1種類、機械式でもせいぜい2種類で済むだろう。

 

 レビュートーメン ダイバーズウオッチの内部 レビュートーメン ダイバーズウオッチ裏蓋の内側

 レビュートーメンのダイバーズウオッチ。パッキンのサイズは28-0.8、材質はおそらく二トリル。電池交換のついでにパッキンにフッ素オイル(Rational001)を塗布してみた。Oリングを嵌める前に埃をセロテープで除去するのを忘れないようにしたい。

 

<参考購入先>
Rationalシリーズ Rational001が時計用フッ素オイルです
MOEBIUS 業界スタンダードのオイル
シチズンのAOオイル
ZライトZ-00 精密作業に適したフード径の小さい照明。狭い領域に強力なスポット光を当てることが可能です

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 <参考文献>
1.潤滑油組成物およびそれを用いた時計(シチズン特許)