男性は何かにお金をつぎ込んで散財することがある。クルマ、時計、カメラ、オーディオなど、対象物は様々だ。男性がこのような行動に走る理由の一つに「現状の不満」がある。
とりわけオーディオ(音)やカメラ(写り)の不満は一般消費者による原因究明と問題解決が困難なことから、「高いものほど良いはず」という推測からお金(買い替え)で解決を図ろうとすることが多いようだ。
このように商品を次から次へと買いたくなる消費心理のことを、最近は「沼」と呼ぶらしい。
高額なレンズを求める行動の裏には「高価なレンズほどいい写真が撮れるのではないか」という期待がある。しかし実際のところ、写りに関する違いは F値、描写性能(主に収差)しかない。
明るいレンズほど画質がよいか
明るく高価な大口径レンズに憧れを抱く人は多い「今よりいい写真が撮れるに違いない」そう考えがち。
レンズは明るいほどレンズ径が大きくなる(F値1段明るくするごとに面積2倍)。
ところがレンズの収差(写りの悪さ)はレンズ径に比例して増える。つまりレンズの明るさと画質はトレードオフの関係にあり、普通は大口径のレンズほど周辺の画質が落ちる※。そこで私などはこう考える。
「明るいレンズは絞らないと周辺で収差が目立つだろう」
「絞って使うなら明るいレンズの意味がないではないか・・」
通称「大三元」と呼ばれる大口径ズームでは増大する収差を抑えるために様々な工夫をしている。その中で最も改善に寄与していると見られるのがズーム比の低倍率化。これと贅沢な光学系との合わせ技で、なんとかキットレンズと同等以上の画質を確保しているのが実態だと思う。
※明るさ(Fナンバー)による解像度のメリットを挙げる人がいるが、それは望遠鏡や顕微鏡など拡大光学系の話。カメラのような縮小光学系の解像度は収差や回折限界がボトルネックになる。
写真はフィルム時代の大口径ズーム。トキナーATX24-40と35-70 F2.8通し。ズーム比たった2倍ではズームのメリットが少ない。この大きな2本と、単焦点3本(24,50,90)持つのと、どっちがいいか微妙。
大口径でも画質のよい理想のレンズ・・それは小さなイメージセンサーと組み合わせたコンデジの世界にある。
同じ段数絞って使うなら、レンズが明るい分有利ではないか
先に書いたように、収差はレンズ径に比例し、絞りはみかけの径を小さくする手段だから、同じレンズ構成で同じ描写性能を得るためのF値は、明るいレンズも暗いレンズも、理屈上同じになる。
従い、同じ描写性能を得るためには「同じ段数絞る」のではなく、明るいレンズの方は明るい分を余計に絞ってF値を同じにしないと同じにならない。
大三元のようなレンズでは贅沢な光学系が使われているから、同じF値なら大三元の方が多少は良いはず。しかしF開放は安いキットレンズに負けている可能性が高い。
昔の大口径レンズは周辺減光が大きく「使い物にならない」と思っていた。最近は周辺減光や歪み(たる、糸巻き)などはレンズデータを元にカメラ側で補正してしまうので目立たない。しかし修正をかけた部分のDレンジや解像度は確実に落ちている。
大口径レンズのボケは大口径でしか得られないのか
大口径レンズのメリットにボケの大きさが挙げられる。最小F値が小さいほどよくボケるが、綺麗なボケのために高価な明るいレンズが本当に必要なのだろうか。
ここでポートレートを想定してみよう。APS-Cのカメラに50mmF2で5m先の人物を撮る場合、被写界深度は2m(前方0.8m、後方1.2m)になる。2段暗いキットズーム(例えば50mm F4の設定)でも次のようにすればF2と同じボケが得られる。
1.焦点距離を70mmにする
2.3.5mまで寄る
3.被写体の1.4m手前にピントを合わせる(F4後方被写界深度の後端に被写体をもってくる※)
1,2は写る被写体の大きさが変わってしまうが、3 は5mまでピントが合ってかつ、背後がF2と同じくらいにボケる。被写界深度の計算は複雑だが、絞り2段までならこれらの工夫と合わせ技でカバーできる。1段ならカバーする方法はいくらでもある。
※被写界深度を計算に入れてわざとピントを前方に置く技法はMF時代では当たり前だった。AFで単純に撮るのではなく、MFを積極活用したい。
そのうちカメラ内の画像処理で自然なボケを作れるようになるだろう。そうすると、ボケに関してこだわる理由がなくなる。
大口径レンズの映像を生で見る魅力
大口径レンズの映像を光学ファインダーで「生」で見る。これは最高の贅沢の一つだ。
これは取り付けたレンズの映像を生で見られる「一眼レフ」ならではの魅力といえる。生の映像を見ながらシャッターを切る、写真を撮る充実感がここにあった。
EVFを通した映像だと、不思議なことにその充実感がない。今やEVFの方が良く見えるが、被写体の「空気感」が伝わってこない。生映像とEVFには、まだ大きな乖離があるように思う。
大口径レンズの映像をEVFで見ても、映像の魅力はほとんどない。
結局明るいレンズにメリットはあるのか
暗所でシャッターを稼ぐには明るいレンズが有利なことは確かだ。MF時代は、光学ファインダーで被写体がよく見えることがピント合わせに大きく影響した。
しかし、これらの利点は手振れ補正、イメージセンサー(増感ノイズ低減)、EVFなどの進歩によって薄れつつある。
ファインダーを通して見る生映像にこだわりがなければ、アマチュアレベルで明るいレンズが必要なケースは他に思い当たらない。
昔、誰もがあこがれた大口径望遠 通称サンニッパ(カメラマン1988年7月号)。手振れ補正のなかった時代、暗い場所でシャッタースピードを稼ぐために明るいレンズが必要不可欠だった。今後このような明るい望遠が必要なのはプロの世界に限られそうだ。
撒き餌レンズは存在するか
50mm前後の単焦点には価格が安く性能に優れたレンズが多い。これをレンズ沼に引き入れるための「撒き餌」という人もいるが、元々50mm近辺は明るく性能の良いレンズを設計しやすい画角であって、その写りがよいのは当たり前のこと。メーカーに撒き餌をする意図はないと考える。
いい写真を撮るために何が必要か
こんなことをしていないか。太陽の位置、周囲の光を意識せず、思いつくままパシャパシャ撮る。スピードライトを使う時もホットシューにポン付けしてピカり。そして撮った写真を等倍観察し、ノイズや収差を見つけて気に病む 「もっといいレンズが欲しい!」。
最後のボトルネックはレンズなのは間違いないが、沼にハマっている人はそこまで活用しないうちから問題をレンズに求めてしまう。私が思うに、レンズは道具にすぎず、「いい写真が撮れる」ことへの寄与度は小さい。
では何が写真を決めるのか、いい写真を撮るために絶対に押さえるべき重要なことは何か・・・それは初めて写真を撮る人が大抵失敗する経験の中にある。
みなさんは人物の写真を撮ったとき、顔が暗く写ってしまった経験はないだろうか。写真はありのままを写すが、見たままが記録されるわけではない。陰影が強調されて写る性質がある。
プロや上手い人は、撮る前に結果が見えている。光を自分のものにしているから思い通りの写真が撮れる。写真が上手くない人は、撮った写真をモニターに映した後で失敗に気づくことが多いようだ。
左は姉妹サイト(ArtDesign)で紹介したフィギュアの撮影ブース[1]。フィギュアは難しい対象の一つ。照明はフィルインライトを含め4灯あり、間接光を作るためにレフも使う。
ライティングが重要なことは、屋内でも屋外でも同じこと。屋外では太陽光の使い方がウデの差に表れる。
「いい写真を撮りたい」そう思ったら、ライティングについて学び、経験を積むのが正しい。買うものがあるとしたら、フルサイズ一眼や大口径レンズではなく、ライティングのための機材が先だ。
失敗しないレンズの購入プラン
一般消費者は28mm~200mm(35mm換算で)まであれば旅行から学校イベントまでほとんどの用途をカバーする。200mmの上はトリミングズーム、28mmの下はパノラマ合成でさらに伸ばせる。
世の中にはこの画角を1本でカバーする高倍率ズームがある。一見便利だが、望遠側を使うことは少ないうえ本体が大きい。ほとんど使わない画角のために大きな荷物を持ち歩くデメリットがある。
「ダブルズームキット」と呼ばれる商品はこの画角範囲を標準ズームと望遠ズームで2分した構成。これが大半の消費者にとってベストなプランに違いない。
単焦点で揃えたほうが画質が良い
画質を最優先したい場合は大三元ではなく単焦点を揃えるのが正しい。たとえば28mm,50mm,90mm(マクロ),200mmというように、倍々の画角ピッチで揃えると4本で終わる。一部をズームにすれば本数は大三元と同じ。画角の隙間は撮影の工夫(自分が動くこと)でカバーすればよい。
フィルム時代の単焦点は設計が古く描写性能の良くないものが多かったが、今は画質で選べる時代だ。
レンズ設計と製造技術は年々進歩していて発売日が新しいものほど画質が良い傾向にある。できるだけ新しいものを選ぶこともポイントだ。
必要な画角をカバーするレンズが揃ったら、しばらくそれを使ってみることが大切だ。買い替えを検討するのは、自分のウデがあがって、レンズがボトルネックに思えてきたときで遅くない。
<参考購入先>
ミラーレス一眼 優秀なEVFを搭載したミラーレスはこれからの主役です
ハイエンドコンパクト レンズ交換式にこだわりなければ有力な選択肢です
大口径レンズ 高価な大口径レンズは必ずしも必要ありません
照明・撮影ライト いい写真を撮るために欠かせない機材。レフは自作もできます
スピードライト
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