皮革製品は洗えない・・それがいままでの常識だった。皮革を水で洗うと硬化したり縮んでダメになってしまう。汚れてしまったものは、高いお金を払ってクリーニングに出すか、捨てるしかなかった。「皮革が普通の衣類のように洗える」これは多くの消費者の望みに違いない。
カビだらけになって消費される皮革製品
「使い込むほどに味わいが増す」そんなセールストークで売られる本革製品だが、実際は皮脂や汗で汚れ、そのうちカビだらけになって破棄。ほとんどがこの消費パターンだと思う。
革の上着を買った人はクリーニングの窓口に相談するかもしれない。「買った値段より高くつきますよ」そう言われて諦めた人もいると思う。最近はより安い料金で洗浄できる専門業者が見られるが、高額なことに変わりはない。
間違った手入れで寿命が縮む
高価な本革製品を買った人はワックスやオイル、クリームを一生懸命塗るかもしれない。これらの成分は基本的にオイルと界面活性剤なので、一時的なツヤ出しと水はじき程度の効果しかない。
これらの塗りモノで問題なのは、少ないほど良いはずの界面活性剤を供給してしまうことだ。皮革の保護と栄養補給のために良かれと思って過剰な手入れを続けると、逆に寿命を縮める恐れがある(特に水性エマルジョンのクリームは要注意)。
皮革に栄養補給は必要か
皮革は適度な油分と水分によって柔軟性を保つという。その成分が枯渇し「ひび割れ」が起こることを心配する人もいる。皮革に油を塗ると浸透分散することからわかるように、表面が乾けば反対に内部から不足分が供給される。この性質によって皮革は常に全体の油分を均一に保っているようだ。
経験上、皮革内部の油は簡単に枯渇しない。数年以内では、よほどのことが無い限り、油分の追加補給は必要ない。
皮革を水で洗えないのはなぜか
これは皮革が界面活性剤を含むことと関係がある。水に濡れると界面活性剤のせいで油分が再乳化し、水と一緒に抜け出てしまう。油分がなくなると繊維が膠着し[1]てひび割れが生じ、元の風合いに戻らない。皮革を作る過程で伸ばした部分があれば縮んで型崩れする。これが、皮革を水洗いできない原因。
左の写真は鹿皮を水に漬けた出汁にサラダオイルを少量入れて攪拌した様子。油が乳化して分離しなくなる。これにより、革が多くの界面活性剤を含んでいることがわかる。
皮革はなぜ界面活性剤を含むのか。それは皮革の製造工程で「加脂剤」を使うため。加脂剤は油を界面活性剤で乳化させたものなので、界面活性剤を多く含んでいる。
乳化というのは油が細かい粒状になって分散している状態。これが皮革に浸透後、水分が蒸発してなくなると油分が薄く均一に分散した状態で残り、繊維の隙間に浸透する。これが繊維の膠着を防止し、繊維をほぐれやすくしている[1]。皮革の製造工程で皮革を水洗しても繊維を膠着させず乾燥できているのは、この加脂剤に秘密があるようだ。
皮革から抜けた油分を補充する実験
皮革の製造過程と同じように、加脂剤に相当する油分を添加したのち乾燥すれば膠着を防いで元の風合いに戻せるのではないか。これが成功すれば、これまで「できない」とされていた皮革の洗浄が可能になる。そこで実験してみた。
材料
皮革:鹿革(セーム革)
界面活性剤:フォーミュラG510原液
油脂:サラダ油(キャノーラ油)
鹿革は鱈肝油でなめした[1]柔らかい風合いの革で、処置の違いを評価しやすい。G510は低刺激の万能洗剤[2]。
加脂剤の作成
油脂に界面活性剤を入れて激しく混合し、乳化した油を作る。混合比は
G-510:油=1:50(重量比)が目安。これに水を加え各種濃度に希釈して実験に使う。
写真は油を乳化させている様子。水に界面活性剤を溶かし、油を入れて強く拡販する。ペットボトルに入れてシャカシャカもいいが、たいへんなので電動工具(泡だて器)を使用。細かく乳化させた液体が簡単にできる。
皮革の洗浄
実験で用意した鹿皮を洗剤と水でジャブジャブ洗い、タオルやティッシュでよく水分を吸い取る。やってみると、皮革の収縮や形崩れは乾燥時だけでなく、水を含んだ時点で起こることがわかる。この寸法変化は元々伸ばされていたものが縮んで本来の形に戻った為。
加脂&乾燥
乳化させた油(加脂剤)をしみ込ませ、余分な水分を吸い取って乾燥させる。
写真は左から、未処理、水洗いのみ(油分0%)、加脂剤の油分濃度10%,20%,40%,100%。100%は一度乾燥させたものに油をそのまま含浸させた。
形崩れは油分に比例して減る傾向がある。0%はカピカピに干からびた昆布のよう。無理に伸ばそうとすれば割れたり切れてしまう。100%はほとんど元の形に戻っている。
実験結果
油分は多ければよいというものではないようだ。油分の量に比例して色合いが褐色になる。油分と水分の適切なバランスが、柔軟性を得るポイントのようだ。
本実験では風合いを損ねない油分濃度の上限は10%だった。10%でも乾燥すると形崩れするが、ほぐし(引っ張る、しごくなど)をすることでほぼ元通りになる(写真の10%サンプルは上2/3をほぐしてある)。5%でも問題なくほぐしができることを確認済み。
皮革の「ほぐし」は乾燥後より生乾きのときが容易で、無理なストレスをかけずに済む。乾燥してしてしまったら霧吹きなどで少量の水を補給してやると、ほぐしが楽にできる。
なお、湿った皮革は80℃以上の熱をかけると収縮硬化する[3]のでアイロンがけが厳禁なのはもちろん、乾燥器も避けた方が無難とみられる。
加脂剤のレシピ
天然素材を使う方法
材料は次の通り。天然素材にこだわってみた。
界面活性剤:大豆レシチン(DHC)
油脂:スクワランオイル、またはベビーオイル(ミネラルオイル)
防腐剤:無臭柿渋
着色:絵の具
混合比
レシチン:オイル:水:柿渋=0.6:10:190:2 (重量比)
無着色版(参考)
G-510:オイル:水=0.2:10:190 (重量比)
DHCの大豆レシチンはカプセルの端をはさみで切って押し出す。1カプセルあたり0.3gになる。水に溶けないので最初に少量の油でよく溶かしてから水分を入れて攪拌する。
使う油脂によって仕上がりに違いが出る。いろいろ試したわけではないが、長期間変質しない高純度精製油がよい。スクワランや流動パラフィンが候補になる。流動パラフィンは別名ミネラルオイルで、ベビーオイルの主成分。油脂の濃度は鹿皮の実験から5%とした。
柿渋は防腐剤として1%程度の濃度で入れる。量が多いと革が硬くなって強度が落ちるので注意。
レシチンと柿渋は多少着色するので僅かな色づきも避けたい場合はG-510を使った無着色レシピで代替する。
水洗いで色落ちする場合は必要に応じて着色する。乾くと不溶性になるアクリル絵の具が便利だがお好みで他の染料が自由に使える。
界面活性剤を使わない方法
オイル:水:柿渋(option)=10:190:2 (重量比) 注:攪拌してすぐに使う
界面活性剤は油を乳化させるために必要だった。大豆レシチンはそのうち生分解して活性がなくなるはず。しかし攪拌してすぐに(油が集まって分離する前に)使えば、最初から界面活性剤ゼロの加脂処理も不可能ではない。
この場合水濡れしても油が外に出て行かないので、乾かせば元通りになる。これまで水を避けて使っていた皮革製品が、屋外で水を気にせずに使えるようになる。水濡れしやすい靴やサンダル、アウトドアグッズなどで有用。この方法は工場生産に向いていない。自家製ならではの処理といえる。
皮革洗浄の例
写真は20年使ってきたベルト。表面処理されていない1枚革。汗がしみこんで匂う。
禁断の丸洗い。長年の汗と皮脂の汚れを取るため、液体洗剤と漂白剤で念入りに洗浄。劣化した古い油分も同時に取り除く。
洗浄が終わったら水分をよく吸い取り、上記レシピで作った加脂剤を染み込ませ、垂れない程度に水気を取って自然乾燥させる。
完成写真。洗浄前後で見た目はほとんど変わらない。少し縮んでゴワゴワしているが、1日腰に巻いて出歩けば感触も寸法も元通り。
ジャンパーや靴の場合、生乾きのときに大方ほぐしておくとよさそう。あとは着用しているうちに自然に繊維がほぐれ元通りの形になるはず。ほぐす前に乾燥してしまったら、霧吹きで水分を補給して伸ばせばよい。
水洗いできる商品を選ぶコツ
革の表面仕上げは、単にオイルやカゼインで処置した生皮に近いものから熱可塑性樹脂やエポキシ樹脂などでバインド(表層に含浸)させたものなどいろいろある。また、同じ本革でも表面がピシッと平らに見えるものから、最初からヨレヨレに見える商品がある。水洗いと相性がいいのは、最初からヨレヨレの商品。
どんな製品も水洗いすると多少の形崩れと色落ちが避けられないことをご承知いただきたい。
最後に
皮革が洗えるようになると、見た目はともかく素材としての寿命は飛躍的に延びる。本当は後から水洗いせずに済むよう、新品のときに保護処理しておくことがベスト。これについては、後述の関連記事を参考にしてほしい。
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<参考>
1.JALT(日本皮革技術協会)(リンク切れ)
3.皮革及び靴の知識 革と革製品に関するQ&A 東京都立皮革技術センター
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