メンテの対象はトキナーAT-X350 F2.8 と、タムロンSP90 F2.5マクロの2機種。いずれも30年前の製品。どちらもドライボックスに保管していたが、AT-X350は内部に汚れが、SP90には僅かな曇りが見えることに気づいた。そこで分解清掃を試みる。
分解に必要な道具
以下は必需品。レンズ清掃用品については前回の記事をご参考。
カニ目レンチ
写真は左から井桁形のカニ目レンチ(中国製ノーブランド)、横型コンパス型(JHT9510C ジャパンホビーツール)、カニ目工房さん[1]の手作りオープナー。
井桁形オープナーは深いところに届くが4個の固定ねじ式のため間隔の微調整が難しい。
横型コンパスは、かなり力が入るため顕微鏡の対物レンズや時計などの分解に重宝している。カニ目工房さんのオープナーは間隔の微調整が容易で使いやすい。よく考えて作られている。
以前ジャパンホビーツールに丸足ステンオープナーという高品質な商品があったが今は入手できない(セット商品JHT9589なら入手可能)
カニ目レンチを買ってそのまま使えるものは少ない。大抵は対象物に合わせて追加工が必要。
特にマイナスドライバーのようなテーパーが付いているものをそのまま使うと、溝から外れてレンズを傷つけるので注意したい。
先端が9度※より大きく開いている場合はグラインダーやヤスリなどで加工して9度以内にする。
写真は卓上グラインダーを使って精密追加工した先端。最後にバフ研磨で仕上げてある。
※JIS B4609 ねじ回し-すりわり付きねじ用規格より。マイナスドライバーの先端形状に関する規格です。
レンズサッカー・手袋
レンズや中の部品を素手で触ったり、ひっくり返して取り出すのはNG(表裏がわからなくなる)。
レンズサッカーはレンズの取出しや組立ての必需品。これがないとどうにもならないのでぜひ用意したい。写真の商品(UN レンズサッカー)が使いやすい。外すときは斜めに傾けると取れやすい。
分解作業では必ず手袋をはめる。材質は天然ゴム、ポリエチレン、塩化ビニールなどいろいろあるが、パウダーフリーの二トリルゴム製が使いやすい。指の先が余ると作業に支障が出るので、1サイズ小さめがよい(服がLの人はMサイズなど)
吸盤オープナー
写真はJHT9520(ジャパンホビーツール)。溝の無い化粧カバーを外すものだが、押え環の外しにも使える。カニ目レンチよりずっと安全なので、最初に試す。
実例
バラす前にレンズを観察してどの辺が汚れているのか、あたりをつける。問題部分がピントリングに連動して回る場合や絞りで隠れる場合は前から、そうでない場合は後ろからバラしていく。
ボディ側面のネジをいじると無限遠などの調整がズレてしまうことがある。最初は触らないほうが良い。
AT-X350の構造は元箱に詳しく書いてある。4群から成り、ほとんどの部品がオール金属製&押え環で組んであり分解しやすい。
カシメが3箇所ある(1群、2群、4群)が、カシメられているレンズが幸いなことに貼合せでなく、カシメを外さなくても反対側からバラしていける構造。
AT-X350は先頭の1群が外れると奥に2郡が見える。先端の長いカニ目レンチで緩めてレンズサッカーで取り出す。後ろ(4群)を外すと3群がレンズ内に残るが、両面にアクセスできるので清掃に支障なければ無理に外さなくてもよい。
汚れは3群手前(絞り後ろ)だった。この面をクリーニングしたのが右の写真。絞り付近の汚れは油汚れが多く、エタノールだけでは綺麗にならない(油はエタノールには溶けない[5])。今回は界面活性剤G-510[4]を使って綺麗にした。
一度外したリングはグリスを塗っておくと次に外しやすい。ここはRational003sが使える。ポリαオレフィンベースなので劣化、蒸発しにくい。ヘリコイドグリスにも有用。
分解後の全体写真。外したレンズ群はそれぞれ複数のレンズから成る。カシメたレンズ群の内側に問題が見える場合は貼合せ面の不良が多く、アマチュアの補修は困難。このレンズは幸いなことに問題なかった。
写真はSP90の飾り環を吸盤オープナーで外した後。一番内側の押え環を外すと絞り手前までのレンズが一つ一つ取り出せる。
このレンズは絞り手前の面が汚れていたので、ここを洗浄し組み立てて完了。
ネットの記事[2]によると一番外側のネジを外すことで絞りユニットごと取り出せるが調整&回り止めされているようで触るのが怖い。内側のネジなら問題なく1群がごそっと取り出せるかもしれない。
レンズはどうして曇るのか
レンズが曇る要因は、カビ、油分、レンズの表面劣化、貼合せ樹脂の劣化などあるようだ。カビたレンズを良く見ると、放射状に伸びた菌糸の中心に何かあることが多い。これはおそらく外部から侵入した有機物。ごく僅かな有機物をエサにカビが成長した結果とみられる。
レンズをいくつか分解した結果からすると、絞り前後の光学面が汚れている場合が多かった。これは絞り機構から出たゴミや、油分が付着した結果とみられる。
貼り合せ面でみられる問題(曇りや放射状の模様)は貼合せに使った樹脂の劣化や枯れによるもの。バルサムを使ったオールドレンズに多いという。
貼合せレンズの補修はできるか
バルサムの融点は93~98℃[3]なので加熱で容易に軟化する。急激な加熱や冷却はレンズが割れる元なので決してやらないこと。この温度を超えて軟化しない場合は、キシレンに浸漬する。
レンズを分離清掃したら元通り貼合せる。写真はレンズ貼合せに使う樹脂の例(バルサムとオイキット)。
溶剤はキシレン。毒性が強いため排気装置が要る。これらを用意できても接着工程に芯出しや加圧などに熟練を要し、アマチュアによる補修は難しいようだ。
顕微鏡のプレパラートでは「水飴」が封入に使われる例がある[6]。光学特性に優れ、有毒な溶剤を使わなくて済むが、乾燥に時間がかかるのが難点。乾燥の問題を改善できれば使えるかもしれない。
いずれにせよ、問題のレンズがカシメてあったら修理不能と考えたほうが良い。カシメを起こすと塑性変形して元に戻らない。自分でできるところまでバラして問題のレンズがカシメてあった場合は、素直に新しいレンズに買い替えた方が良いだろう。
レンズは資産か
「ボディは消耗品、レンズは資産」といわれるが本当だろうか。防湿してカビを抑止しても、絞り前後のレンズが汚れたり揮発した油で曇ってしまうことがある。レンズを調子よく維持するためには、定期的な点検とメンテナンスが欠かせない。
交換レンズを持っている人は、年一度、ライトで内部を照らす点検を勧めたい。問題が見つかったら自分でバラすのではなく、メーカーに清掃に出す。1本あたり6千円~1万円かかるようだ。この値段からして安いキットレンズは使い捨て消耗品といえる。
MFのオールドレンズはほとんどの部品が金属で出来ていて壊れる部分があまりない。何十年も問題ない状態に維持されたオールドレンズは「資産」と呼べる。
複雑な電子部品が組み込まれた今どきのレンズは、電子部品の寿命が先に来る。洗濯機やエアコンと同じ「耐久消費財」と呼ぶのが適当かもしれない。
<参考購入先>
オールドレンズ 資産と呼べる昔のオールドレンズ
TG-30 ミニグラインダー。カニ目レンチ先端の精密加工はこれでやってます
オイキット
<関連記事>
4.レンズ清掃用品の選び方とセンサークリーニングの方法
5.CPUに付いている古いグリスの落とし方~エタノールは間違いだった!
防湿庫でレンズを保管するとバルサム切れする?~防湿庫の選び方
6.ミジンコの永久プレパラートを作る~白濁,気泡不良の原因
<参考文献>
1.カニ目工房さんの商品はヤフオク(shimarutoshiさん)から入手できます
2.和光純薬工業(株)カナダバルサム データシートより(リンク切れ)
3.★るなパパのカメラ日誌 SP90の分解はこちらを参考にさせていただきました