ひぶ朗という機械式時計の歩度測定ソフトがある[1]。このソフトを使うと高価なタイムグラファーが無くても自宅で手軽に進み遅れを測ることができる。実際に測定するには振動ピックアップが必要。ネット上に自作記事が見られる。私もこれを参考に作ってみた。
100均の商品で振動ピックアップを作る
材料は100均で揃う。主要部品は圧電素子とプリアンプだが、これは先人たちのように防犯ブザー(キャンドゥ取扱)とボリュームアンプ(セリア取扱)を使う。
防犯ブザーを分解すると圧電素子が手に入るので、これをボリュームアンプの入力(ミニプラグ)の線を切って繋ぐだけ。あとはボリュームアンプの出力をPCのMIC IN※に繋げばよい。
※注意:LINE INではゲインが足りないので増幅できるMIC INの端子を利用する。但しPCのMIC INはプラグインパワーの電圧がかかっているため、アンプと繋ぐとショートする。大抵の場合問題ないが、実施は自己責任で。
回路で必要な増幅ゲインは60dB以上。PCのMIC INは20dBしかないから、足りない分を外部アンプ(ボリュームアンプなど)で稼ぐ。PCのMIC INはS/Nが悪く、ブーストしてもダメ。もっと性能の良いアンプを使ってPCのLINE INに入れる構成が望ましい。
圧電素子は一種のコンデンサ。ハイインピーダンスで誘導ノイズが乗りやすいためノイズ対策が必要。
圧電素子からアンプまでの接続を極力短く(2cm以下にする)するか、シールド線(マイクロホン用ビニールコード等)で繋ぐ。プリアンプも100均の間に合わせでなくオペアンプを使って差動で受けるか、チャージアンプにすべきだが今回ここまで凝らない。
追記:ボリュームアンプの出力はBTLなのでそのままPCに接続すると問題があることが判明。上記はマネしないでください!
写真は手持ちの材料を適当に組み合わせて作ったもの。圧電素子はケースに厚手の両面テープで貼付けてある。ケースは100均の透明アクリルCDケースを利用。シルバー塗装してある。
ケース側面下の穴は出力ジャックに繋がる。M6のネジとL字アングルで時計を固定し、いろんな姿勢で歩度を測ることができる。
電池駆動なのでスタンドアロンで動作し、ミニジャックにイヤホンを繋ぐと音のモニターできる。ノイズに敏感なのが欠点。
セイコー5を測ってみる
最初の実験体はセイコー5。アマゾンで購入。お値段は約5千円。加飾の無いオールシルバーのデザインは黒のスーツによく合う。
買ってから毎日JST[2]と比較しているが、ほとんどズレない印象。
ひぶ朗で歩度を測ってみると見事に水平一直線。左は文字盤下、右は9時位置下。他に裏返したり、6時位置下などやってみたがどれも似たような結果で姿勢差がみられない。たまたまアタリを引いたのか、これが普通なのか。わからないが、セイコー5は昔から大量に作られ品質が安定している模様。
トゥールビヨンは姿勢差の課題を改善するために考案された機構といわれるが、そんなややこしい機構を使わなくても姿勢差をほぼ無くせることをこの時計が証明している。現代の工作機械の精度向上が機構の課題を克服してしまったのかもしれない。
激安中国製品
左は4千円台の雑貨時計(ジャラガー)とその歩度。グラフは文字盤上と3時位置下。普通はこんなもの。
姿勢差のある時計は姿勢を変えると出てくる音も変わる。セイコー5とわずか千円差だがモノのつくりはおもちゃ同然。
測定前のチェック
PCの環境によってひぶ朗が正しい結果を示さない場合があることが判明。これはループバックテストで確認可能。
パソコンの音声出力をMIC INに繋ぎ、Wave Geneで6Hzのパルス信号を出力して下のような結果になればOK。歩度調整する場合は事前に確認しておくことをお勧めする。
専用アンプを作る(2014年12月追加)
時計のテンプが発する振動はたいへん小さい。タイムグラファーではこの微細な振動をいかにS/Nよく検知し、増幅するかがポイントになる。
これまで100均のグッズを利用した振動ピックアップ(上記)を使ってきたが、ノイズが問題になったり、信号が微弱すぎるなどしてうまく測れない場合が出てきた。
この問題を改善するためには、アンプを自作する必要がある。そこで、これを検討してみた。
回路の検討
電池駆動は不便なので、電源をPCのUSB(5V)から取る形で検討した。いろいろ回路を作ってテストした結果、以下のことがわかった。
・この用途のOPアンプと周辺回路は、雑音に徹底配慮した設計をしなければらない(汎用OPアンプは雑音が多く使えなかった)。
・圧電素子の信号を受ける方法に、電圧で直接受ける方法と、チャージアンプを使う方法※の2種類がある。
前者の場合、JFET入力のOPアンプで直接受けたら電荷が飽和してまともに動作しなかった。バイポーラ形の場合はOKだったが、誘導ノイズが乗りやすかった。チャージアンプでは、C=0.01uFとした場合に電圧入力の感度と概ね等しくなった。
・圧電素子の感度は大きさに比例する。感度を高めるために出来る限り大型が良い。特に中央部垂直方向の感度が最も高く、板にべったり接着してしまうと感度が著しく落ちる。
・PCライン入力直結に必要な増幅ゲインは50dB~60dB(φ27mm圧電素子の場合)
PCライン入力の仕様は最大2.0V0-p(ギガバイトH97マザー)なので1V0-p程度まで増幅すればよい。ちなみにライン入力のゲインはコントロールパネルで調整でき、5%位置でほぼ0dB、100%位置で22dBのブーストになっていた。
・ハイインピーダンス&ハイゲイン回路のため誘導ノイズ(60Hz)が乗りやすい
初段までの配線を極力短くするとともに、回路全体を金属で覆いシールドする必要がある。誘導ノイズはひぶ朗の観測において「うねり」につながり閾値の調節に影響する。
・ECM(マイクロフォン)もセンサーの候補になるが、圧電素子で振動を直接検出する方が感度が良い。ECMはバイアス電圧の抵ノイズ化が課題で自作のハードルが高い。
・PCから取るUSB電源は汚い。可聴域ノイズのほとんどはノーマルノイズだったので大容量電界コンデンサで除去できた。
さらにDC-DCコンバーターで正負両電源を作りOPアンプの電源にした。OPアンプのSVR特性でノイズを除去でき中点バイアスも不要になる。
※チャージアンプを使うと電荷の変化を電圧変化に変換できる[3]。出力電圧eは
e=q・A/(C(1+A))≒q/C
ここで q:圧電素子の発生電荷、C:チャージアンプのコンデンサ容量、A:OPアンプのオープンループゲイン なので、出力はCが小さいほど高くなる。
回路図
数次の試作を経て最終的に得た回路を次に示す。出来る限り部品点数を減らして簡素化した。
注:本回路の無断商用利用はご遠慮ください。
オペアンプは低雑音型のNJM4580DD、DC-DCはMINMAX MAU106(試作では手持ちの関係でMAU108)を使用。この手の用途に良好な性能を発揮してくれた。
チャージアンプ、ハイパスフィルター、ゲインアンプの3段構成になっている。ハイパスフィルターは測定に無関係な低周波の雑音を低減しS/Nを向上させる。
ちなみに回路図の作成はBSch3Vというフリーソフトを使用。見やすい回路が書ける。ユニバーサル基板の配線図はPasSを使用。これからは5mm方眼を使わなくて済みそう。
プリント板の裏側と完成品。半田付けさえできれば差し込んだ部品の足を折り曲げるだけのパターン配線で簡単に作れる。
外観。アンプとセンサーのセパレート式。
電源はUSBから取れて、PCライン入力直結で使える。アンプのケースは100均の木箱を流用。内側に銅板を貼り誘導ノイズのシールドとした。
圧電素子は時計がキズつかない銅合金のスプリングで支持されており5mmのたっぷりしたストロークで時計に確実に接する。
スプリングの共振は不乾性パテ(ネオシールB-3)で制振。部品代は総額5千円いかなかった。
6姿勢の歩度を測るためには時計を安定保持する機構が必要。これを自作するのは難しいので市販の保持具(スマホ用固定ホルダー)を利用。
3脚にセットして自由に向きを変えられる。
セイコー5の測定結果
振動をFFT分析した結果。60Hzの誘導ノイズは問題ないレベルに抑えられている。
6姿勢の最大偏差7sec/day※だった。
購入してからつけている日差の記録。機械のなじみが必要なのか最初安定しないが直近10日間の平均は+0.2sec/day。たまたまアタリを掴んだ可能性もあるが、この時計なかなか優秀。
ちなみにセイコーのプレサージュ[4]は10日平均 +3.0sec/day だった。
※セイコー5測定データ 2014年12月12日 金曜日 19:00 気温20℃
文字盤上4 sec/day 、文字盤下-5、3時下0、6時下0、9時下-3、12時下-7
<参考購入先>
セイコー5 コストパフォーマンスの高い時計です
<関連記事>
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<参考文献>
1.ひぶ朗 本家の公開は終了しています
2.JST
3.圧電型加速度ピックアップ テクニカルハンドブック
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