B&Wのスピーカーは最高峰といわれる。短時間だがB&W802D3を試聴する機会があった。その音について、世間であまり言われてないことを感じたのでご紹介する。
不思議な音場感と音像定位
試聴場所はハイエンドの商品を扱う専門ショップ。802D3をドライブするのは、エソテリックのハイエンドアンプGrandioso C1+Grandioso M1×2。プレイヤーはGrandioso K1X。
ジャズのCD (The Dave Brubeck Quartet/Time Out)をかけてもらった。再生が始まると、音場がスピーカーの後背にふわっと立体的に広がる。楽器の音にリアリティがある。噂通りの音だった。
でも何かおかしい。センターに定位するはずの楽器が、左上から聞こえる。右側の音場が希薄で背景音が少ない。「左右のゲインが違うのか?」そう思ったが再生装置はエソテリックのGrandioso。国産製品だから高いだけのガラクタではない。
正確な音像定位とは
ステレオ再生の音像定位は下の図のようになる[1]。赤い点は音像を表す。左右のレベル差によって、赤い点はa点からb点を結ぶ線上を移動できる。これが正確なステレオ再生の姿であり、これをその通りに再生できるモノが本当に正確な音の出るスピーカーだ。
ところが実際のシステムでは、この線を外れて上下や前後に音像がズレて聞こえることがある。これは位相やf特の乱れが原因。
ユニットをバラバラに配した3Wayのシステムではこれが大きい。802D3の背景に広がる広大な?音場の広がりは、まるでDSPサラウンドのようである。この原因は、紡錘形のエンクロージュアを使ったミッドレンジとツイーターの構造に関係あるようだ。
スピノラマによる客観的評価はどうか
スピーカーの音のレビューは様々であり、販売サイドの誘導や、聞いた人の主観が多分に入っている。私が感じた「何かおかしい」というのも、個人の感想に過ぎない。そのような主観を排除した客観的な評価手法にスピノラマ[6]がある。
これはスピーカーの音圧特性をいろんな方向から測った結果をもとに再生音を評価したもので、基本的にスコアが高いほど実際に「いい音」に聞こえるというもの。
スピノラマのサイト[6]には、803D3のデータがありスコアは10点満点で4.8しかない。f特が波打っていて全体的に軽いラウドネスがかかっている。聴感上はややハイ上がり。ハイエンドの中では、最低クラスのスコアになっている。
これって合理的なデザインなの?
B&Wは801の時代からスコーカーとツイーターがセパレートの構成になっている。そのエンクロージュアは当初サイコロ形だったが、ノーチラスになってから紡錘形になった。
このようなバッフルを持たないセパレートの構成にはいくつかの問題がある。その一つに、指向性の不整合がある。クロスオーバーを境に音の広がりが急激に変わることで、斜め方向に出る音のf特が乱れる。これが、スピノラマのデータに現れている。
この問題は、ミッドレンジとツイーターのクロスオーバーを、指向性が滑らかに繋がる周波数に下げることで改善するはずだが、B&Wはそういう設計になっていない。そのため斜め方向のf特が悲惨な結果になっている。
802D3の不自然な音場は、おそらく、ツイーターから出る音だけ、無指向性に近いために起こるレベル差が創り出したもの。「鑑賞用」と割り切るなら、このような特性が好ましく解釈できないこともない。
いずれにせよ、このスピーカーから出る音は、ソースに忠実でないことに注意したい。観賞用として割り切るならこれでもいいが、スタジオモニターや「音の基準」に使える代物ではない[7][8]。
802D3を鳴らすのに必要な部屋のサイズは?
このスピーカーは鳴らすのが難しいという。802D3の音源のサイズは、一番下のウーファーのセンターからツイーターまで約680mm。このスピーカーで良好なステレオ再生をするには、680mmが十分小さく見えるところまで離れる必要がある。
ではいったいどのくらい離れればよいのか。以前検討した下のグラフによると[1]より3.4m。スピーカーの後ろと自分の後ろに必要な空間を確保すると、長辺で5m以上の部屋が欲しい。部屋のサイズで言うと最低14畳いる。
14畳より狭い普通の部屋にこのスピーカーを入れた場合、良好なステレオ再生はほとんど望めない。
こういう指向性が広く音が拡散しやすいスピーカーは部屋の残響や定在波が増えるため音像が崩れやすい。これが「鳴らすのが難しい」と言われる理由だろう。
リアリティを錯覚させるカラクリ
802D3の周波数特性[2]をみると、10kHzを中心とした山がある。この付近の帯域強調によって、空気感やリアリティ、解像度を演出しているようだ。3次元的にふわっと広がる音場の中にカリッとした芯が感じられるのは、この帯域を点音源に近いツイーターが担当している為とみられる。
オーディオショップではスピーカーを切り替えて試聴できる。B&Wを聴いた後で特性がフラットな他のスピーカーに切り替えると、音場の広がりが消えて高域が大人しくなり「ぼんやり」した音に聞こえるはず。そこで
「B&Wはやっぱり違うなぁ」
と感じてしまうだろう。そうやって聴き比べると、B&Wは他のどのスピーカーより「いい音」に聞こえる。この音に正確さは望めず音の基準にできないが、一般家庭で鑑賞に使うスピーカーとしては、わりと良くできた商品だと思う。
タービンヘッドとマウンティングシャフト
他社と違う大きな構造的特徴にノーチラスチューブ、タービンヘッドと呼ばれる逆ホーンのキャビティがある。これは定在波や共鳴がでにくい形だが[3]。吸音材を入れてしまえば同じ容積の密閉箱と変わらない。つまり、この形に特別な作用はない。
逆ホーンにすると後方に出た音が消え去る、のではなく、ホーンの直径に対して波長の長い音は抵抗として働き低域再生を妨げ、波長の短い音は乱反射を繰り返して表に出てくる。中の吸音材が少ないと、残響のような「雑音」が出音にかぶさる形になる。これが「響き豊か」と錯覚させる原因になっているようだ。
マウンティングシャフトはテンションによって音が変わるという。これは単に、フランジ振動の箱に伝わる量が変わるため。フランジと箱との密着度合いによって、ユニットから出る音も変わってくる。この構造で懸念されるのはパッキンの潰れなどによるテンションの経時変化。普通のスピーカーのように、ガッチリしたバッフルにボルトでガッチリ固定すれば、こういう不安定要素は無い。
B&Wは最高峰なのか
B&Wの躍進は801(1979年)から始まる。多くのレコーディングスタジオに採用されたことで、B&Wは一躍有名になった[4][5]。801の能率は85dBとかなり低かったので、当時私には「能率を犠牲にして特性をフラットにした商品」に見えた。801の名声はクラッシック系のモニターであって、応答が求められるロック・ポップス系は苦手だったかもしれない。
B&Wがプロの現場で評価されたのはMATRIXシリーズまで。ノーチラス(1995年)というアンモナイトのような奇形スピーカーを発表してから民生向けのハイエンドにシフトしておかしくなってしまった。
近年は「見た目」に多大なコストをかけた芸術作品のような商品を作ってる。音もプロの現場で評価された801とは別物。
B&Wは最高峰と噂されるが、私には噂されるぼどいいスピーカーには見えない。設計や形状に合理性が見られず、エンジニアの思い込みや趣味で作った奇形スピーカーの一つに見える。
結局家電と同じ扱い
802D3やエソテリックの価格を見るとびっくりする。作りから類推する原価からは想像つかない。音を聴くだけの機器に何百万円もお金を出す人は今時どのくらいいるのだろう。
カタログを見ても感覚に訴えるセールストークばかりでデータがない。これほどの高額商品には、その価格を説得できる「データ」と、それなりの「長期保証」「メンテ体制」を期待したいところ。ところが、B&Wやエソテリックにはそれが見当たらない。保証はテレビや冷蔵庫など家電と変わらないようだ。
すると高額な値付けは何なんだという話になる。高いお金を出して買ったものが、製造終了後8年過ぎると修理不能になる(場合がある)というのは、あまりにも高い買い物ではないか[2]。
<関連記事>
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<参考文献>
2.stereophile Bowers & Wilkins 802 D3 Diamond loudspeaker Measurements
3.§8:回路シミュレーションによる音響管方式キャビネットの解析
4.B&W 801の仕様 オーディオの足跡
5.B&W 801Fの仕様 オーディオの足跡
6.スピノラマ
7.スピーカーの音を評価するスピノラマSpinoramaを超カンタンに解説する
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B&W(Bowers&Wilkins)スピーカーの年表・歴史
メーカーHP
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