昔はオーディオ雑誌がオーディオファンの唯一の情報源だった。ネットが発達し、情報が簡単に検索できる現代も状況にあまり変わりがない。オーディオの世界は相変わらず、あいまいな人の感覚に支配されており、正しい知識や情報が伝わらず、間違った認識が訂正されない。なぜこんな状況が続いているのか。今回は、この問題を取り上げる。
レビューの実態
オーディオ雑誌には、様々なオーディオ製品のレビューが載る。このようなレビューは問題が多いが、読者はそれに気づかず、雑誌を真似て自宅で同じようなことをやる。
ケーブル、インシュレーター、ヘッドホン、なんでもかんでも、とっかえひっかえ比較して、実際に音が変わるのを感じ取る。
「アンプだけ変えたんだから」「ケーブルだけ変えたんだから」「その音の違いを聴いたはず!」
そう解釈して
「アンプには音の違いがある!」「ケーブルで音が変わることを実証した!」
と、信じ込むのが一般的な流れである。メーカーの技術者や、アンプを自作するアマチュアも同じことをやって、
「コンデンサには音の違いがある」「抵抗で音が変わる」
と信じ込むようだ。実はこれ、すべて間違いである。
なぜ間違いなのか
第一に、評価の仕方が正しくない。音の印象は価格や見た目などの「先入観」に大きく影響されるから、これを排除するためにブラインドテストでなければならない。
第二に、構成を変えることによって、同時に他の要因が変わっていることに気づかない。本人は対象の違いを聞いたつもりでいるが、実際は別の変化を聞いている。
なので、この2つを押さえていないレビューは参考にならない。このことは、雑誌の比較試聴、評論家の書き物、個人のレポート、YouTubeの比較動画、すべてに当てはまる。
正しい比較試聴をするには?
試聴で「音が変わった」と言うためにはブラインドテストが必要になる。その際、正しい結果を得るために次の3つを押さえていなければならない。
①対象と関係のない要因を排除しなければならない。音量の違いはその代表であり※3、ケーブルならダンピングファクターに影響する抵抗値が該当する。これらの聴覚限界を把握し、それ以下に収まるよう試聴の条件を整えなければならない。
②テストは、統計的に正しい結果を導けるよう計画しなければならない。例えば10回テストをやって8回以上の正解で合格、とすれば偶然による正解を概ね排除できる。つまり有意な差がある、といえる※1。
③自分はテストに参加してはいけない。自分自身の他に、セッティングした人、テストの主催者、それを設計した関係者は、参加してはいけない※2。
以上が、「多少はマシ」なテストをするための最低要件である。
※1:3つの音源を流して正解を当てるABX法が一般的(A,Bと聞かせて、三番目のXがA,Bどちらと同じだったか当てる)。
※2:二重盲検(ダブルブラインド)テストという。
※3:Youtubeを利用したテストによると、音量の違いが最も影響が大きく、測定器と基準信号を使い、左右差含め1dB以内に揃えないといけないことがわかっている。
ほとんどが「試聴ごっこ」
人間の耳で「音が違う」ことを正しく検証するのは、一般の人が想像する以上に難しい。ケーブル1本調べるだけでも、かなりの手間と時間、お金がかかるのが普通だ。
世間のテストのほとんどは、自分でセッティング替えして自分で聴いている。このようなテスト法を「試聴ごっこ」と呼んでいる。過去にはブラインドテストの事例があるが、ほとんどが「ごっこ」であり、上記3つの条件を満たすテストが行われた例が見あたらない。
実際のところ、アンプやケーブルの音の違いは人間の聴覚限界を超えた世界にあり、ブラインドテストによる検証が必要な問題では無い。
違うはずが無いものが違って聞こえた場合は、テストのやり方に問題があると考えて、その原因を調べる方が有意義である。
ブラインドテストの例
近年YouTubeを通して上記3つの条件を満たすブラインドテストが可能になった。以下の動画には、本格的なブラインドテストが含まれる。
すべてのレビューは感想にすぎない
雑誌の書き物を信じたり、試聴ごっこを楽しむのは自由だが、時々次のような文句をみかける。
「アンプで音は変わります」「ケーブルで音が変わるんです」
ひろゆき氏がこれを聞いたら、こう返すに違いない
「それ、あなたの感想ですよね?」
ここは、次のように言えば問題ない。
「私には、音が変わったように感じました」
雑誌の比較記事には、次のような注釈が必要だ。
「この結果はあくまで被験者の個人的な主観であり、実験方法や結果が間違っている可能性があります」
正しいテストのプロセスを経て検証されていないもの、つまり、オーディオに関心がある人たちが何十年も積み重ねてきた経験、レポート、レビューのほとんどは「個人の感想」「噂話」に過ぎない。
音楽制作の現場も例外ではない。「プロの耳」「有名ミュージシャンの意見」も、正しいテストのプロセスを経て検証されていない点で同じ。これも結局、個人の「感想」である。
「そこにいた全員、同じ意見でした」
これは、違いを実証したわけではなく、その場にいた人たちの感想が、たまたま一致したのである。
金額や見た目で音が変わって聞こえる~心理効果
オーディオ製品の音の印象は「価格」と「見た目」の影響を受ける。これにより、何も変わっていないものが、変わったように感じる。そして、
・オーディオは何を変えても音が変わる
・ブランドや素材の音がある。
・安物や見た目がショボいもの(赤白コードなど)は、音が悪い。
・高価な製品でないと違いがわからない(少なくとも〇万円以上でないとダメ)
・見た目が豪華で美しいのもほど音がよい(国産より舶来もの)※
などの感覚を持つようになる。
心理効果による音の良さは基本的に見た目と金額に連動する。「何を変えても音が変わる」理由は見た目が変わるからで、外観が大きく変われば音も激変する。ブランドの音、素材の音は見た目の印象そのものである。
一方で、見た目が変わらないと音が変わっても気が付かない。例えばスピーカーの音は温度や湿度によって変わるが、「微妙な違いを聞き分けできる」と自称する人が問題にしない。
「価格」と「見た目」による心理効果を、プラシーボ、プラセボ効果として知られる。ブラインドテストをすると、このような心理効果を排除して真実を知ることができる。
とはいえ、趣味の世界では金額や見た目も大切であり、真実がどうあれ、本人がいい音に感じて生活が豊かになるのであれば結構なことだ。つまり心理効果で音が良く感じること、そのものは、悪い事ではない。
※マッキントッシュとJBLの組合せが好まれるのは、見た目やブランドイメージのバランスがいいからで、電気的に見たマッチングのメリットは何も無い。マッキントッシュには出力トランスが付いていて、これがマッキン固有のサウンドを創り出すと信じられているが、電気的にはデメリットしかない部品である。
心理効果の問題点
心理効果は時として問題を起こす。例えば、次がある。
・自分の感覚を優れていると信じ込む
・生活に支障を来たすほどの時間・お金をオーディオにつぎ込む
音が変わって聞こえる多くの人は自分の耳が心理効果に騙されていることに気づかず、何を変えても違いを感じられる自分の感覚を「優れている」と勘違いする。
ある程度の工学的知識を持つ人は、心理効果を区別できる。例えば、僅か数メートルの電源コードで音が変わることは理屈上ありえない、とわかれば、心理効果に気づくし、確かめるまでもない。
電気の基本知識を持たない人は、心理効果に騙されて意味のない試行錯誤に時間とお金を費やす。自分の中で説明がつかないことは、未だ解明されていない未知の現象になる。散々時間とお金を無駄にした挙句、間違いに気づく人もいれば、一生気付かずに生涯を終える人もいる。
現象の理解が難しいのはなぜか
試聴ごっこ、ではない正しいテストと評価をするためには、ある程度の工学的な知識が必要になる。基本は、振動、音響、電気、統計の4つであり、大部分は高校で学ばない。大学でも学部が分かれてしまうので、全部に詳しい人は世の中にほとんどいない。
長年アンプを設計してきたアマチュアや、メーカーの技術者でも、4つ全部に精通しているわけではないので、意味のないテストをやって、心理効果を事実と信じ込んでしまう。
ネットが発達した現在でも、オーディオ雑誌が廃れず、評論家が幅を利かせるのは、こうした理解の難しさが関係しているようだ。
4つの知識ベースがない人に、正しい認識を伝えるのはとても難しい。特に長年オーディオ雑誌を読み続けてきた人の認識は強固であり、これまで繰り返してきた試聴ごっこの体験から自分の耳が良いと信じ込んでいる。
「オーディオは何を変えても音が変わる」「わからない人は耳が悪いんだ!!」
「全員同じ意見なので間違いないです」「昔からの常識ですよ?」
このような人にとって、自分が積み重ねてきた経験や体験に反する認識は受け入れ難いらしく、有識者の意見に耳を貸すことはない。救済を試みても徒労に終わることが多く、逆に噛みついてくる人もいる。
オーディオ業界の内幕
メーカーは新しい商品を作ると、雑誌社に持ち込んで、評論家に感想を書いてもらい、何かの賞(お墨付き)をもらう。これを消費者が参考にして消費行動を起こす。これが昔から連綿と続く流れ。「賞」は利害関係の無い第三者が決めたものではなく、評論家や販売サイドが決めたもの。
メーカーはメーカーで、自社の商品を売るために怪しい宣伝文句を作る。小さなガレージメーカーの商品は、社長の思い込みだけで作ったガラクタが多い。これら商品の説明は大抵、ヘンテコな原理と理屈だけで、効果を裏付ける「データ」がない。
結局のところ、雑誌のレビュー、賞、販売サイドの情報はアテにならず、評論家の書き物は個人の感想文なので参考にならない。そういうものを信じて消費行動をするのは、サイキョーを連呼する某サイトの主人が言うように「危険」である。
正しい選択をするには
オーディオ機器はスマホを聞くための安価なものと、時には100万円を超える高額なものに2極化している。高額な商品を選ぶとき、参考にするものがメーカーの能書き、雑誌のレビュー、評論家の感想文しかないというのは問題だ。
客観的なデータがあれば参考になるが、雑誌はあまり測定をやらない。そういうものは「都合が悪い」のだろう。
とはいえ、オーディオ製品の選択は、昔に比べシンプルになった。その理由に、性能が向上して「音の違い」というものが、ほぼ無くなったことがある。
アンプとケーブル、プレーヤーなどの選択はとても簡単である。音に違いが無いのだから「見た目」を重視して選べばよいが、ガラクタを掴まないためのチェックポイントがある。
アンプでチェックすべきスペックは、ダンピングファクター[2]、DACやヘッドホンアンプは出力インピーダンス[3]である。ケーブルでチェックするところは導体の抵抗だけ[4]。カタログに書いて無ければメーカに問い合わせて、「非公開」と言われたら買わなくてよい。
問題はスピーカーで、同じ音がする商品は2つとない。出音はこれで全てが決まるといっていい。ポイントは第一に「見た目」だが、スペックとして音圧と歪率のf特データが欲しい。これ無しだと、バクチに近い買い物になってしまう。
スピーカーの特性については、近年スピノラマという標準化された指標ができてデータを入手できる[6]。歪率のデータは手に入らない場合が多いが、能率とユニットのサイズから、ある程度類推できる[5]。スピノラマのようなスコアを参考にできるのは、非常に有難い。
音の99%は見た目で決まる
時々、何がお勧めですか?と聞かれることがある。この答えは、
「あなたが見た目に満足するものを選んでください」
となる。趣味の世界は見た目が重要で、心理効果が無視できない。機器の選定では第一に「見た目」を重視すべきであり、見た目に満足いくものを選べれば、9割方成功である。
スピーカーの特性がいいのに、音がおかしいと感じた場合は、スピーカーの位置か部屋に問題がある[1]。問題は明確だから、アンプを変えれば・・ケーブルでなんとか・・といった試行錯誤は、やらんでいい。
逆に、他人がどれだけ「褒めたたえ」ようが、どんなにデータがよかろうが、「見た目」に違和感のある商品に手を出してはならない。見た目に違和感があると満足できない。音が悪いように聞こえて買い替えたくなるものだ。
見た目問題で悩むときは、「黒」などのダーク系で、目立たない、存在を主張しない商品を選ぶのが正解。
クルマ雑誌の世界
オーディオに似た世界が他にもある。それは、クルマ(スポーツカー)。ここはクルマ雑誌が強い影響力を持っている。ここも感覚が支配する世界で、とりわけサーキットのタイムが重視されるようだ。
クルマ雑誌の内容は少数ライターの個人的な感想、歪んだ好みにすぎないが、読み続けることで、沢山の読者がこれらライターの感覚に同化される。メーカーもライターの好みが売り上げに影響することを知っていて、その好みに配慮したスポーツカーを計画してしまう。
そうして、ブレンボやレカロといったブランドパーツを付けて見てくれだけ充実した大馬力のクルマができる。これは雑誌のライターが求める理想であり、彼らの雑誌で高評価を得るが、大多数にとっては乗って楽しくないし、疲れるクルマである。
こういうクルマは、それを好ましく思う少数にしか売れないし、「買ってみたけど、もうこりごり」となって新たな顧客も増えない。これが、スポーツカーが絶滅に追いやられた要因の一つと考えている。
<参考>
ステレオサウンド
オーディオアクセサリー
ベストカー
CARトップ
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