皮革を長持ちさせる~あなたの知らない皮革商品の実態

 皮革商品は使ううちに皮脂や汗で汚れていく。水洗いできず、手入れは乾拭きかオイル、クリーム(乳化オイル)を塗るだけ。汗や皮脂で汚れた上からオイルを塗れば汚れを革の奥に閉じ込めてしまう。私はこのことについて、ずっと疑問に思ってきた。

 このような手入れをした物でも、使っているうちは問題ない。しかし、ちょっと放置すると必ずといっていいほどカビだらけになる。こうなるともう終わり。洗えないので破棄・・
 皮革商品の多くがこのパターンで消費されている。「皮革に栄養補給が必要」という話もピンとこない。「カビの栄養補給になる」という話ならわかる。

カビてしまった革靴

カビてしまった革靴の例

 

皮革のイメージを覆すオイルレザー

 長持ちする皮革処理の一つにオイルレザーがある。水濡れに強く、簡単な手入で済み、使ううちに素晴らしいエイジングの風合いを得るという。オイルレザーで作られた皮革商品は、親から子へ受け継いで使っていけるらしい。

 

TIDING/潮牛皮具(中国)の鞄 写真はTIDING/潮牛皮具(中国)の鞄[2]。厚革オイルレザーで耐久性は抜群に高い。水濡れも問題なく屋外で普通に使える。

 優れた特性をもつオイルレザーだが、商品が少ない。その理由の一つに、長持ちすると商品が売れない(儲からない)という事情があるのかもしれない。

 

(補足:潮牛の商品の中で、写真のように色の濃いものがオイルレザー、色が薄いものはヌメ革。ヌメ革でも後述するオイルを染み込ませることで、同じ色のオイルレザーになる。)

 

 売る側からすれば、間違った手入れの仕方を流布し、早くカビさせて新しい商品を買わせたい。この消費パターンに乗せられるよう、皮脂や汗がよく染み込むように作る。販売業者にとっては、そういうものが「いい商品」に違いない。

 市販の皮革商品をオイルレザーに改質できれば、この消費パターンから離脱して寿命を大幅に延ばせるかもしれない。

 

オイルレザーとは何か

 オイルレザーとは革にオイルを染み込ませたものをいう。その製法には次がある。

(1)なめしの工程でオイルを加える
(2)なめした後でオイルを加える

 (1)の製法でオイルレザーを作り高品質をうたう事業者をみかけるが、(2)と大差ないと思う。(2)では界面活性剤を必要としないので、オイルの選択を間違わなければ(1)より高品質のものを作れる可能性がある。

 (2)はオイルレザーでない皮革製品でも、後からオイルを染み込ませることでオイルレザーにできる可能性を示唆する。

 

革を育てる(エイジング)とは何か

 ヌメ革は、なめしが終わった状態の皮革。とてもデリケートで、触れば皮脂や水分を吸い込み、傷がつきやすく、簡単に汚れてしまう素材だ。

 ヌメ革を育て、エイジングに成功したという話がある。そのエイジングとは、メンテナンスに使ったオイルが染み込んでオイルレザーに近いものを作っただけ。手垢による汚れはエイジングと見分けがつかないので、変色の半分は手垢かもしれない。

 エイジングによる主たる変化がオイルによるものなら、最初に必要なオイルを塗り込んだ方が、皮脂や汗で汚しながら育てるより品質の良いものが出来るはずだ。

 

 

オイルレザーに使える油を探す

 後からオイルを加えるだけで「オイルレザー」が作れる可能性があるなら、試してみる価値がある。とはいえ、オイルにはいろいろな種類がある。何を染み込ませたら、耐水・耐汚染性に優れた皮革になるのか。

 オイルレザーの製造工程では動物油、鉱物油(流動パラフィン)などが使われているようだが詳細はわかならい。そこで、いくつかのオイルを入手してスクリーニング(ふるい分け)をしてみた。

 

オイルレザーを作るために準備した各種オイルとテストピース 実験のため集めたオイルとテストピース。短冊状のテストピースはセーム革。

 オイルが変質・酸敗してカビの原因になっては本末転倒。匂いが付くのも好ましくない。そこで無色無臭、かつ化学的に安定で酸敗蒸発しにくいものを候補に選んだ。

 

 他、市販品の代表としてコロンブスの「ミンクオイル」のほか、不飽和脂肪酸を多く含む亜麻仁油とオリーブ油、自然塗料(エシャクラフト)を加えた。また、パラフィンを含浸させた「ブライドルレザー」も作ってみた。

 以前の実験で、自然塗料を塗る前に「との粉」で前処理すると食洗機の使用に耐える水密性の高い被膜が作れた[1]。これを皮革でもテストする。

 

セーム革に各種オイルを飽和含浸させ、メチレンブルーの水溶液を滴下した直後の様子 写真は短冊に切ったセーム革にオイルを飽和含浸させ、メチレンブルーの水溶液を滴下した直後の様子。

 左からPAO(ポリαオレフィン)、フッ素オイル(Rational001)、スクワラン(SQ)、ワセリン、ミンクオイル(コロンブス)、流動パラフィン(ベビーオイル)、固形パラフィンを加熱含浸させて作ったブラドルレザー。不思議なことにフッ素オイルだけ皮革の色が変わらない。

 

 

メチレンブルーの水溶液を滴下して3時間後の様子 3時間後の様子。フッ素オイル、ワセリン、パラフィンが優秀。但し、フッ素オイルは一度水洗いすると他の液体オイルと似たような結果になった。

 

一度水洗いし乾燥させ、引っ張ってみた結果 一度水洗いし乾燥させ、引っ張ってみた。写真はその「裏面」。フッ素オイルとパラフィンは裏まで浸透していない。ワセリンも浸透が少ない。

 パラフィン処理したブライドルレザーは簡単にちぎれてしまう。伸縮性が失われたことで強度が低下した結果だ。

 

追加実験した試験片の様子(メチレンブルーを滴下して3時間後) 写真は追加実験したもの。左からオリーブオイル、亜麻仁油、自然塗料(エシャ クラフトオイル)、との粉下地処理自然塗料(3時間後)。自然塗料で処理したものは樹脂材料のような弾力がある。

 オリーブオイルが皮革の保護に使われるのを見かけるが、実態は変色・軟化させるだけ。保護効果はほとんど期待できないことがわかった。

 

 

以上の実験結果をまとめた表を次に示す。

皮革改質油の評価

  PAO フッ素油 スクワラン ワセリン ミンクオイル 流動パラフィン 固形パラフィン オリーブオイル 亜麻仁油 自然塗料 との粉
+自然塗料
水はじき
耐汚染 × × × × ×
強度 ×
しなやかさ ×
色の変化 褐色 なし 褐色 褐色 褐色 褐色 褐色 褐色 少ない 弱褐色

 以上の結果から、「ワセリン」が改質オイルとして最も適していることがわかった。水や汚染に強い改質を求める場合は「との粉+自然塗料」が最も優れ、ブライドルレザー(固形パラフィン)を上回る。時計の皮革バンドにはフッ素オイルが適合しそうだ。用途に応じて使い分けたい。

 

 

普通の革製品をオイルレザーにする!

 ワセリンはスポンジに塗布して塗ることで薄塗り出来る。厚塗りする場合は「手」を使うといい。ベタベタにしておき、一定時間経過後、余分を拭き取ることで色むらを防げる。

 浸透には数日かかるので埃が付かないよう、ラップかビニールにくるんでおくといい。ドライヤーなど(出口温度の高いもの)で加熱すると時間を短縮出来る。

ヒートガンを使って皮革にワセリンを含侵させている様子 皮革にワセリンを浸透させている様子。私はせっかちなのでヒートガンであぶる。後戻りできないので慎重に。

 施工中ツヤツヤだが浸透後つや消しになる。皮革がワセリンで飽和しない限りツヤが出ることはない。
 奥まった隅部など、塗れない場所があっても自然に浸透するのであまり気にしなくていい。

 

 

 

ワセリンの塗り重ね回数と色の変化

 皮革にワセリンを塗ると色が変わる。そこで栃木レザーのベルト(3mm厚)にずらしながらワセリン含浸を重ねてみた。一度の塗り厚は0.3~0.5mm。 写真は未処理を回塗り重ねた結果。左端部は未処理。塗り重ねた回数に比例して色が濃くなる。

ワセリンをいろいろな回数含侵させたベルトに水を滴下した様子 ワセリンを含侵させたベルトに水を滴下して3時間後の様子

 写真左は水滴を滴下した直後、写真右は3時間後の様子。未処理(左端部)はすぐに水滴が染み込み、3時間後には完全に乾いている。一回塗るだけで十分な撥水効果が得られることから、必ずしも飽和するまでワセリンを染みこませる必要はないようだ。色の変化を見て、好みの回数で止める。

(注:時間が経つと塗ったオイルの浸透分散が進み、写真で見る段差は消失する)

色の変化は素材や表面処理によって違う。ヌメ革など未処理に近いものは変化が大きく、塗装や樹脂で表面処理されているものはほとんど変化しない。

 

白っぽいヌメ革のベルトにワセリンを塗布した結果

 左の写真はは無着色のヌメ革に1回塗布した結果。すこし褐色に色づいた。せっかちな私は気長にエイジングなどしてられない。色が変わるというのならその過程をチャッチャと終わらせて優れた保護効果を獲得したい。

 

油分が乾いてしまった豚革の上着にワセリンを塗り込んでいる様子 ワセリンを塗りこんだ豚革の上着に霧吹きで水をかけてみた様子

 上は20年以上前に買った豚革の上着。雨や水気が気になってあまり着る機会がなかった。油分も枯渇して風合いが悪かったが、ワセリン処理で見事に蘇った。しかも撥水機能のオマケつき。以前と異なり、雨を気にせず着れるようになった。

注:オイルは長時をかけて奥に染み込み分散していくので、写真の撥水効果は一時的なものです。

 

ワセリン処理した革の手入れ

 オイルレザー同様、雨や汚染を気にせずに使える。積極的に持ち出そう。表面の汚れは水拭きもしくは洗剤で落とすことが可能。撥水が悪くなってきたと感じたらワセリンをうす塗りすればOK。ブラッシングや栄養補給など、定期的な手入れは必要ない。このような手入れにより、汚れが関与しない皮革本来のエイジングが進むだろう。

 洗剤は後に何も残らないG-510(10~20倍希釈液)がお勧め。スプレーして拭くだけで皮脂などの汚れを容易に除去でき水をかけながらすすぎ洗いもできる。

ワセリンを塗りこんだベルトに洗剤(G-510)を塗ってブラシで擦っている様子 写真はG-510を塗ってブラシで擦っている様子。水はじきしないのは界面活性剤の働きによるもの。洗浄が終わったら最後にワセリンを薄く塗っておく。

 

 

 新品の皮革商品を買ったら皮脂や汗で汚れる前に速やかにワセリン処理をお勧めしたい。1回塗るだけでもかなり違う。水拭き程度ではワセリンの保護効果は失われない。ここがスプレータイプの汚染防止剤と大きく違うところ。
 ワセリンを塗ると色が濃くなる。塗りを前提に商品を選ぶ場合は、この色の変化を計算に入れる必要がある。

 

注意点

 「界面活性剤」「乳化」という表示のある市販のオイルは塗らない方がいい。水を含むと油分が再乳化して保護効果が低下する。界面活性剤を含まないオイルで手入れを続けることが、良質なオイルレザーを作る秘訣。

 

<参考購入先>
ワセリン
オイルレザーの商品 選択肢が少ないです
潮牛皮具の鞄 作りはやや雑ですがお勧めできる商品です。重いので注意
Formura G-510 皮革の洗浄にも最適な洗剤です

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<参考文献>
セーム革 日本皮革産業連合会
姫路白なめし革 日本皮革技術協会(リンク切れ)

注意:ワセリンの施工は自己責任でお願いします。