NS-5000は2016年7月に登場したヤマハのハイエンドスピーカー。廃れた感漂うHi-Fiオーディオ市場で注目を集めた新商品。発売から1年過ぎても価格.comにレビューがない。おそらくあまり売れていないのだろう。なぜこんなことになってしまったのか。
見た目が、かのNS-1000Mに似ている。これが注目される大きな理由。しかし似ているのは外観だけで、中身は別物。そのお値段は税込実売160万円。大抵の人がスルーしてしまう金額。
銘機 NS-1000M
NS-1000Mが登場したのは1974年。このスピーカーは、一般消費者にとっても、ライバルメーカーにとっても、孤高に光り輝く存在だった(と、個人的には思っている)。
当時のライバルメーカーは皆、このスピーカーを横目で見て似たようなサイズ、構成の商品を作っていた。ダイヤトーンDS-1000など、名前からして1000Mを意識して計画されたことが伺える。
わが家のNS-1000M。もう手放してしまったが、今も愛好者は多くレストアも盛んにおこなわれている。
ウーファーに貼ってあるものはパンチングメタルの鳴き止め(ブチル+ガラス)。
単体カタログ(1982年)。価格は10,8000円だった。細かいウンチクが最も豊富に書かれた資料。
1995年のヤマハ総合カタログ。
発売から20年が過ぎ、モニターの納入実績1000台以上とある。価格は119,000円。
NS-1000Mはどんな音だったか
密閉型で、能率は90dB。ウーファーが重く、ベリリウムの中高域に比べスピード感に劣るという評価が多かった。スコーカーはハードドームの為、多少のキャラクターがあった。密閉型のため低音の伸びは控えめで、重低音は出なかった。
私はこのスピーカーで、当時流行していたフュージョンやテクノポップを聴いていた。納入直後はアレ?な感じで少しがっかりだったが、鳴らし込むにつれて変わった。そして、「ロックやポップスなどのジャンルの音楽を、これほどゴキゲンに鳴らすスピーカーはない」そう感じていた。
一方、管弦楽器の音は今一つであり、音量をあげてもオーケストラのスケール感が出ないことが不満だった。
NS-1000Mの価値は「M=MONITOR」にあり
1970年代、オーディオファンは皆、JBL 4343などのスタジオモニターにあこがれた。
この種のスピーカーは「スタジオモニターの音を自宅で出せる!」という期待から、無条件に「欲しい!」と思わせる魅力を放つ。モニターの音は鑑賞に向かないものが多いが、そんなことは関係なかった。
1000Mを他の類似商品と別格にしていたのは、「モニター」を冠していたこと、そしてそれが名前だけでなく、実際にスウェーデンなどの放送局に採用されたことだった。
同じ理由で、弟機のNS-10Mもよく売れた。スタジオではオーラトーン5C同様、チープな再生環境の音を確認する目的で使われた。
1000Mがヨーロッパを中心に多く採用された理由に、当時のモニターのほとんどが管弦楽をターゲットに作られていて、ロックやポップスなどのモニターに使える製品があまり無かった事情があったという。
モニターはただ単にMを付ければ出来るわけではない。モニターを称するからには、長期間メンテ部品を供給しなければならない。売れなくなったら新しい商品を出して「無かったことにする」わけにはいかない物だ。
「長く愛用できる」これもモニターの商品価値を高めていた。
買いやすい値段だったNS-1000M
1000Mは1本10万円程度で買えた。「あこがれのモニタースピーカーが、手の届く価格で買える!」買いやすかったことも、ヒットした大きな要因の一つだった。
1980年当時輸入代理店だった山水電気のカタログ。
JBL4343 STUDIO MONITOR は当時の憧れだった。
しかし、1978年頃56万円(1本)[3]だったのが、1980年頃には72万円に上昇。簡単に買える代物ではなかった。
その後、4344、4345が登場してJBLの黄金時代を築いた。
NS-1000Mのその後
1000X,2000,10000 などが80年代に作られた。どれも1000Mの系譜だが、1000Xからウーファーのコーンがプラスチック(カーボン)になり、モニターを表す「M」が外された。こうなると、もう数ある量販品と同じ。
1000Mより優れた音質、特性を持っていたはずなのに、人気はいま一つだったように記憶している。
NS-5000でスピーカーの技術は進歩したか
ザイロンとかいう素材の使い方に一定の目途が立ったくらいか。この素材は釣り糸に使われていて紫外線で劣化する弱点が知られている。金属蒸着しているのは、その弱点をカバーする目的もあるのだろう。
ソフトドームはフェノール樹脂を染み込ませた基材(布)を加熱成形してダンプ材を塗ったもの。音を出すのはダンプ材やフェノール樹脂であって、基材はあまり関係ない。たぶんケブラー(アラミド)でも変わらない。ここにあえてザイロンを使ったのは、B&Wとの差別化を狙ったのだろう。
ちなみに「生々しい」音声に得難い魅力があった三菱 2S-305(1958年) の振動板は、ウーファーもツイーターも「紙」だった。これとザイロンとどっちがいいか。
エッジは相変わらずのロール形、コーンは単なる円錐。このあたり、解析的に最適形状を求めたフォステクスのHR振動板やUDRエッジ&ダンパー※に比べると技術的に遅れて見える。
ちなみにフォステクスはこの技術を駆使したモニタースピーカーを作りNHKモニターに採用されている(RS-N2 2004年)。
※HR=Hyperbolic Paraboloidal(双曲放物面)、UDR=Up Down Roll
ヘンテコな共鳴管やチャンバーも、B&Wを意識したように見える。ノーチラスと同じでは能がない。そこで閉塞管にして、なんとか答えを探し出したようだ。内部の吸音は、吸音材がベストではないのか。これはおそらく「差別化に必要」とかいって誰かがこだわったのだろう。開発が長引いたのはこのせいかもしれない。
ついに低能率スピーカーの仲間入り
スピーカーの重要なスペックに能率(出力音圧レベル)がある。スピーカーの応答は、能率に比例する[4]。
1000Mの系統は90dBをキープしていたのに、NS-5000で88dBになってしまった(インピーダンス6Ωなので1W基準に換算すると87dBしかありません・・)。これは中高域を能率の低いソフトドームに変えた事と関係ありそうだ。
この能率でHi-Fiスピーカーの目標の一つ、コンサートホールの音圧(109dB)を再現するためには150W+150Wをブチ込まなければならない[1]。そんなパワーを入れて低歪の再生ができるだろうか。
結局ハイエンドにふさわしいスペックやデータが何も示されていない。ザイロンの音速がベリリウムより速いというが、織物にしたソフトドームでもそうなのか。データが何も示されていない。アラミドと吸音材を使って同等のものが1/10以下の価格で出来そうな気がする。
「これって本当に合理的な設計なの?」「技術者の趣味じゃないの?」
そう思えてならない。
<参考購入先>
NS-1000M
フォステクスのモニタースピーカー 最近は新技術を積極的に取り入れて頑張ってます
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<参考文献>
2.NS-5000 スペシャルコンテンツ https://jp.yamaha.com/products/contents/audio_visual/ns-5000/index.html
3.オーディオの足跡 YAMAHA